【河川基金からのお知らせ】

水害が過疎化の進展に及ぼす影響の解明

京都大学防災研究所
特定准教授 渡部 哲史 さん(助成時:東京大学大学院工学系研究科 特任講師)

 近年頻発している地域における水害。これによって短期的に起きた人的被害や建物被害については多く調査されているものの、長期的にどのような影響が生じているのかは、あまり調査されていないのが現状です。過疎が進む地域において、水害はその後どのように人の流れに影響するのかについて調査・研究を行った京都大学・渡部哲史先生に、研究で見えてきた課題について、お話を伺いました。

定量的に影響を示すことの意味

 「水害が過疎に影響を及ぼすか?」と聞かれたら「はい」と答える人は多いと思います。ただそれについて客観的な裏付けを取ろうとするとなかなか難しいと思います。実際にはどうなのかを定量的、客観的に提示することが今回の研究の目的でした。私がこれまで主に行ってきた研究は、「気候変動によって水害リスクがどう変わるか」といった水文学の分野なので、どちらかというと被害そのものよりも被害をもたらす要因の分析が中心でした。しかし、過疎化をはじめとした地方が置かれている現状や、地方の自然環境の将来に関して漠然とした興味は持ち続けていてこの研究に取り組みました。
 今回のテーマを調べたいと思い始めたきっかけは、学生時代の2009年に遡ります。当時は水害による人的被害が現在と比べると少ない時期でした。しかしこの年、兵庫県の佐用町で台風による水害で多くの方が亡くなられました。その際に
すぐ現地に入って、どういうところで被害が起こったかを調査したことをきっかけとして、「中山間地の集落が抱える問題」を考えようという研究グループも立ち上がりました。水害が起こった直後というのは非常にたくさんの調査が入りますが、年数が経つとどうしても次の災害に目が向いてしまう。時とともに調査が風化してしまうのはどうなのかという問題意識がそこで生まれました。短期的な被害は分かっても、影響が長期化していたらそれは目に見えない。その見えないものを調査したいと考えたのが、この研究を始める契機となりました。

客観的に割り出せないものを客観的に提示する

 佐用町の事例で分かったのですが、町単位で調査をしていても、水害の影響というのは見えにくいものです。そもそも水害が起きていなくても人口が減少しているので、水害の影響が有意な変化なのかどうかを捉えるのが難しい上、過疎地域は市町村合併の影響があって、ひとつの市町村がかなりの範囲をカバーしています。でも水害は局所的な影響ですから、ひとつの集落で起こったとしても、市町村単位の統計ではその影響は明確ではないのです。また、災害研究の多くは、被害「率」ではなくて「被害」で見ることが多いと思います。死者・行方不明者がトータルでどのぐらいの規模なのかというような。でもこの研究では、そういう大きな事柄ではなく、もっと小さくて見えないもの。しかし長く影響を与えるものに光を当てたかったのです。
 これらの経験から、この調査は先行研究とは見方を変える必要があると考えました。災害の全体の大きさではなく集落スケールでの水害の影響が大きい地域を割り出すために、「市町村の一般資産総額のうち、一般資産被害額が占める割合を算出する」という手法を取りました。その「相対被害率」算出の結果、1位になったのは2010年の長野県青木村で起きた梅雨前線による災害。空間的に小規模で、世間からの注目は必ずしも大きくなかったものの、現地では大きな影響を生じさせたことが、この統計から推し量ることができると思います。
 これらの地域において、「従来の社会変化のみから予測される人口」と「(水害が起きた)実際の人口」の比較をしました。すると、水害が起きていない場合の人口減少よりも、10~25年ほどもスピードが速まっているとする結果が得られました。被害の全体は小さくても、その地域では10年、20年も時計を早めるような影響をその土地に及ぼしている。この10年,20年は過疎の進む地域ではとても大きいです。一見もとに戻ったとしても、そこには戻しようのない変化が起きています。それを明らかにすることで、災害に対する記憶の風化を、少しでも抑えていけたら。その思いも、研究のモチベーションになっていたと思います。

研究を通じて地域に貢献したい

 私の両親は、平日は勤めをしながら、週末は農業をするという典型的な兼業農家でした。それを見ていて分かったのは、農業は儲けるためにやっているのではなく、土地を守るためにやっているということです。もちろん食糧にはなりますが、機械代などの経費を引いたらほぼプラスマイナス0というところ。週末に働いて収益ナシというのはどうなんだろうと思いつつ、でもそういう人のおかげで、守られている環境があると思うのです。稲作をすれば溜め池や水位を守り、結果として河川を守ることにもなっていく。そういう人の働きが報われるといいなと考えました。日本という国土を考えた時、もちろん東京などの大都市には経済的に回して、発展させていくという大事な役割はあると思います。でも金銭価値には換えられないとしても、豊かな国土や生態系を守ることに、その地域の人々の働きは役立っている。大都市に住んで、いろいろな人の暮らしを見れば見るほど、地域の人にもっと光を当てたい。そういうことに携わる研究をしたいと強く思うようになりました。

これからの河川基金に望むこと

 私たち世代の研究者は業績を残すために国際的な論文を書かなければいけないという強いプレッシャーがあります。もちろんそれは大切なことであると思う反面、それだけではいけないという思いもあります。河川基金に関しては、そういった評価軸ではなく、地域に役立つことが大事という観点を持っていてくれるのが、自分にはとても有難い存在でした。もちろんこの事例も、日本特有の課題として国際的に発表したいという思いはありますが、背景から理解してもらうという意味ではなかなか時間がかかりそうなので……。
 最初にお話した通り、今回助成をいただいた研究は、自分が本来やっているテーマとは少し違うので、今回の助成をきっかけに〝そんなことやってたんだ〟と知っていただける機会になったのもとても良かったです。隣接するテーマではあるものの、自分の中でも河川研究は「お客さん」的な考えがどこかにあったと思います。この機会に堂々としてもいいのかなという気持ちが出てきました(笑)。研究者として、深く掘り下げることは大事なのはもちろんですが、私のように横に広げるという在り方もあっていいと考えています。これからも「こんな河川に対する考え方があったのか」という視点の研究を重視する場で在り続けていただければとても嬉しく思います。

今後取り組みたい研究やテーマ

 都市と地方の関係については、これからも研究していきたいですね。今回、水害によって過疎化が進行するということが提示できましたが、では「人がいなくなると何が起こるのか」を環境面から調べていきたいと考えています。今回の研究でお話を聞いたり、事例を見たりといった中で、農業などの方法で土地に手を入れている方の多くは高齢であり、水害によってそれを辞めてしまう方も多い。河川や、その周辺の土地は、一般的に地形的な制約などから大規模な機械化が難しい。だから人がいなくなるといち早く環境が悪くなる場所でもあります。河川の場合、それが災害のきっかけや災害の規模を大きくすることがあります。河川内の農地の問題は、人がいなくなることにおける特徴的な問題だと思います。
 修士の頃、自分が研究者に進むか、就職するかを考えたとき、“地域に貢献したいのだったら、自分で事業を起こして地域にお金を落とすのがいちばん”と言われました。確かにそうなのですが、それで救えるのはひとつの地域だけ。結局成功の奪い合いになり、都市と地方の関係は同じままです。それよりももっと根本的な何かができないか。それができるのは研究者なのではないかと考えました。その初心を忘れず、これからも研究を続けていきたいと考えています。

 

京都大学防災研究所
特定准教授
(助成時:東京大学大学院工学系研究科 特任講師)

渡部 哲史 さん

2012年     東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 修了
2012 – 2018年 東京大学大学院工学系研究科総合研究機構 助教
2018 – 2021年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 特任講師
2021年 – 現在  京都大学防災研究所 特定准教授

愛媛県生まれ。気候や社会の変化が河川、流域、国、地球に及ぼす変化やその影響に関する研究を行っている。研究の社会実装に向けて、学際融合、学官民による超学際研究の実践に挑戦している。

ページトップへ