【河川基金からのお知らせ】

多摩川・鶴見川の姿が語ってくれること
~流れる水の働き・大地のつくりとその変化を追究する子どもたち~

川崎市立井田小学校かなで分教室
室長 本生 拓郎 さん

 川崎市・中原区の自然豊かな地域に位置する「川崎市立井田小学校かなで分教室」は、心理ケアが必要な子どもたちが学習する学び舎です。子どもたち自身の生活の場である「川崎の大地」と「多摩川の姿」を教材に、子ども一人ひとりの発達を支援する学習を行う本生拓郎室長と、渡邉正人先生に、かなで分教室が目指す教育について、お話を伺いました。

本人の学ぶ意欲をともに探っていく

 この「かなで分教室」という施設は、川崎市立井田小学校の分教室という位置付けです。保護者との関係不調などが理由で、親元で生活できなくなった子どもたちや、地元の学校へ通えない子どもたちの保護施設として、川崎市が約5年前に設置しました。施設全体が治療の場であり、施設内での生活すべてが 〝子どもの健やかな成長を支える営み〟という「総合環境療法」という立場をとっており、医学・心理治療や、生活指導、学校教育も並列し連携するという考え方をしています。
 子どもたちの多くは、学習の未履修以前に日常生活体験が未習熟なため、かなで分教室では「体験を通して学ぶ」ことに重きを置いています。フィールドワークなどの体験型学習を行い、ひとりひとりの興味や得意分野を引き出すようなカリキュラムを作成しています。教材もGoogle Earthで川崎の大地や多摩川の姿を観察できるガイダンス用の
資料「多摩川スカイナビゲーション」や、積層模型のパズル「川崎市立体パズル」、双眼実態顕微鏡で観察できる地層試料など、子どもたちに身近で臨地学習が可能なローカル教材を開発し活用しています。というのも、学習教材は学校へ来たくなるためのきっかけづくりの重要なアイテムのひとつです。   
 未履修の子の場合、何を入り口に学校に来ればいいのかわからないと思います。学校に行く意味が分からないから、行きたくないということになります。だからこそ、好きなこと、得意なこと、本人が興味を持ち、やってみたいと思うこと(=ストレングス)を本人と一緒に探ることから始めていくのが大事です。そのために、私たちはひとりひとりに対し個別の指導計画を作成しています。学習の進み方だけでなく、本人が何に興味を持ち、何なら集中して取り組めるか。それはひとりひとり違います。さらに心理的安定のための目標もあるので、オーダーメイド的にその子の実態に合わせて進めていきます。やらなければいけないことを押し付けるのではなく、その子の学びたいという意欲を尊重するようにしています。でも、これは心理ケアが必要な子だけではなく、何かを学ぼうとする老若男女に共通することなのかな、とも考えられています。


多摩川宙瞰図(©神奈川県立生命の星・地球博物館改変)

自然という教材が学びを助ける

 この施設がある川崎市中原区の井田山あたりはかなり自然が残っているところです。生物もクモがいたり、ヤモリがいたり、トカゲがいたり、植物もたくさん。江川せせらぎ遊歩道をはじめ、神庭緑地、矢上川右岸、中原区市民健康の森(湧水池)、1時間ほどのコースでも豊かな自然と出合えます。子どもたちにとっては、これらの場所が、学びと発見の宝庫になっているのです。耳を澄まし、触れることのできる自然という教材は、子どもたちに尊い学びをもたらすとともに、生活経験の糧ともなります。
 子どもたちの中には野菜を育てている子もいます。またそれを本当にうれしそうに調理し、美味しそうに喜んで食べるんです。こういう行動や体験のひとつひとつが、子どもにとってかけがえのない経験となり健やかな成長の支えになっていると感じています。
 手足を動かしての活動が、この子たちの心理的な安定につながるようにと考えているので、フィールドワークができる子は、実際に河川や地形を見に行ってもらいます。そうではない子も、簡易流水実験装置を操作し、河床の勾配や雨量などの条件をコントロールする実験を行い流水の働きを知ってもらうことで、ひとつでも多くの理科的な見方や考え方を得られるように工夫しています。
 中でも「水」というのは、とても貴重な自然の姿です。敷地内にある大きな盛土でさえ、雨が降ることで斜面に小さな水の流れができ、やがてその水は排水溝へと集まっていく。その様子を観察し、「水は高い所から低い所へ流れる」と推察することができる。雨上がりの日でも、雨が運んだ木の葉から運搬・堆積という働きを感得することができる。私自身も水については未知なこと
が多いので、子どもと一緒になって探究しています。


地層の中の火山灰土を観察


「こんにちは 矢上川のカワセミ君」

科学的な見方は物事を照らす灯火(ともしび)になる

 多摩川の姿を通して科学の基礎的な見方、考え方を育成する理由として、彼らにとって、学びが道具になってくれたらという思いがあるからです。アニメ映画『天空の城ラピュタ』の主題歌に「君をのせて」という曲があります。「さあでかけよう、ひときれのパン、ナイフ、ランプ、かばんにつめこんで」という歌詞の「ランプ」とは、科学的な見方・考え方のことではないかと思うんです。〝今起きていることの原因は何?〟と考えられるようになること。理科的な見方・考え方が、物事を照らすランプの灯火(ともしび)のようになってくれたら。そう思っています。例えば地震が起きた時、昔なら〝ナマズが騒いでいる〟(疑心暗鬼)となっていましたよね。でも現在は「プレート・テクトニクス理論」から「地下で起きる岩盤の〈ずれ〉により発生する現象」ということが分かっています。理由が分かると、ただ「恐ろしいもの」ではなく、「理にかなったもの」となります。自然の理が見えてくる。それだけでも安心したり、次への歩み(防災)を進めていったりする生きる力のひとつとなるはず。分教室生活での学びがそういう生活力になったら、これほどうれしいことはありません。

河川教育に携わった教職員(敬称略)

松原晴美  川崎市立井田小学校長
泉村美雪  川崎市立井田小学校教頭
高橋麗子  川崎市立井田小学校教務主任
中原義郎  川崎市立田島小学校長
      川崎市立井田小学校前校長
中川正彦  川崎市立西有馬小学校教頭
      川崎市立井田小学校前教頭
根岸朋子  川崎市立幸町小学校総括教職員
      川崎市立井田小学校分教室前室長
小林政代  川崎市立子母口小学校総括教職員
      川崎市立井田小学校分教室前教職員
本生拓郎  川崎市立井田小学校分教室室長
清水弥生  川崎市立井田小学校分教室総括教職員
細井真寿美 川崎市立井田小学校分教室教職員
荒井尚子  川崎市立井田小学校分教室教職員
渡邉正人  川崎市立井田小学校分教室教職員

今後取り組みたい研究やテーマ

 かなで分教室は開設して5年経ちますが、もちろん思うようにいかないこともたくさんありました。通常、学習は積み重ね、つまりグラフでいうならば右肩上がりが良いとされるものです。一方心理ケアにおいては「現状維持」することが大切です。子どもたちに対して、まずは心理の安定を目指しつつ、学習の積み重ねという成長グラフとどうバランスをとっていくのか。ここについては模索が必要な部分もあると感じます。今のところは科学的な見方・考え方の一端にふれる、つまり「自然に親しむ」ということにしっかりと時間を取ること、それが理数系の基礎となっていけばいいなと考えています。
 ここでの教育を通じ福祉を学ぶ中で、教育と福祉はもっとオーバーラップしていかないといけないと強く感じるようになりました。特別にケアが必要な子でなくても、ネグレクトや孤食といった事態が普通に起こっています。子ども自身にとっては受難の時代だとも言えます。教育を学ぶ上で、カリキュラムに福祉の視点を取り入れていくべきではないかなとも、個人的には考えています。

本生 拓郎 さん

川崎市立井田小学校かなで分教室
室長


2011年 川崎市立さくら小学校 交流級及び共同学習(研究主任)
2016年 川崎市立井田小学校分教室 赴任
2020年 東北福祉大学社会福祉学科 修了

通常の学級・特別支援学級担任、重度重複学級担任。どのような場であっても、その子どもに見合った学びができるように福祉の視点も入れて実践している。

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