【河川基金からのお知らせ】

土石流渓流の実態から防災対策を導き出す-DEM・DSMを用いた土石流シミュレーション-

2021/05/10 事例紹介

京都大学大学院農学研究科
助教 中谷 加奈 さん


1.2018年7月に西日本で起きた豪雨災害によって土石流が発生した神戸の様子。
2.2014年8月、広島で発生した土石流の被害家屋。
3.2020年に土砂流出が発生した亀岡山間部の土石流渓流。


 

 土砂災害の中でも、特に被害が甚大になりやすい土石流。土石流被害は山間部の麓にある扇状地で多く発生することが、専門家には経験的に知られています。しかし、実際に住んでいる人に、その危険性はなかなか認識されないのが実情です。この土石流の実態を整理し、把握する研究を行う京都大学・中谷加奈さんに、研究の意義と目指す将来についてお話を伺いました。

 

なぜ土石流の実態把握が必要か

 土石流とは、台風などの大雨や集中豪雨などによって山間部の土砂や石が水と混ざって一気に下流に押し流される現象です。普段から水が流れている河川の氾濫と違い、山間部の渓流は水が流れていないことが多いので、災害時に土石流が発生するということが認識されづらいのです。しかもこの流れは、谷出口に断面の大きな流路がないために、側溝などの狭いところや、暗渠化したカルバートに流れ込むことがあります。まず土砂や流木、大きなゴミなどによって暗渠が閉塞してしまい、いざ土石流が起こるとここが機能せずに道路にあふれだし、住宅地などに甚大な被害を及ぼしてしまうのです。
 2014年の広島市の豪雨による土砂災害、2018年の西日本を中心とした豪雨災害、そして2020年の熊本県を中心とした豪雨による災害。さまざまな災害の現場を見て実感した土石流の流れの実態を把握し、それに応じた対策を立てることが必要だと考え、この研究をしています。
 手法としては、地形・土石流の規模などを設定し、パソコン上でシミュレーションできるツールを使って災害の検証や予測を行っています。
 土石流の挙動には、勾配変化が氾濫や堆積、侵食などに影響します。そのため地形データがより細かい方が実際に近い動きをシミュレートできます。まず、ざっくりとした調査の時は国土地理院が無料で公開している解像度5mのDEM(Digital Elevation Model:数値標高モデル) を使っています。これは、樹木や建物などを考慮しない、地盤の標高を示したものです。日本全国のデータが公開されていてとても便利ですが、詳細な検討には、県や砂防事務所の高解像度
DEMを使います。また、住宅地になると建物と道路との標高差が高くなるなどの要因が重要になります。よって
住宅地の予測には、建物などのデータが反映されたDSM(Digital Surface Model:数値表層モデル)を使用して、道路を流れる土石流の挙動をより詳細に推測しています。
 とはいえ、シミュレーションすれば何でも予測できる訳ではなくて、実際の現場を見て、文献を調べ、その地域にふさわしい条件にしてあげることが肝になります。どのぐらいの規模なのか、土砂のサイズや細かい成分はどれぐらいか、継続時間はどの程度か……。そういった設定を現実に近づけることで、実際の挙動に近い氾濫・堆積の仕方が見えてきま
す。成果を出すためには、とにかく試行錯誤ですね。


土石流シミュレーション結果(上段は堰堤有り、下段は堰堤無し、左は終了時の堆積厚、右は最大水位)


東広島、2018年7月豪雨で閉塞した治山施設の下流。

 

災害研究の道へと進んだ理由

 大きな理由は、私が研究室に入った頃から大きな土砂災害が頻繁に起きるようになっていたことです。在籍していた農学部森林科学科に災害を研究する分野(山地保全学)があったこともあり、より社会に役立つ研究ができるなと思ってこの道へと進みました。土石流シミュレーションについては、大学の学部生の頃から研究していて、卒論から博士にかけてシミュレーターを作りはじめました。とはいえ、その時点ではPCはワードとエクセルが使える程度。プログラミングの知識はほぼゼロでした。先生、プログラミングに詳しい知人、いろんな人に助けてもらいながら進めていったのですが、今考えるとよくできたなと思います。しかし今もその時に作ったシミュレーションシステムをベースにしていますし、これを作った経験は自分の糧になっていると思います。当時、プログラミングを教えてくださった先生を真似て、疑問に思ったところは細かいこともコードにコメントを残しているんです。「10年前の自分はここで詰まったのか」と思い出せて非常に役立ちますが、学生に見せるのは恥ずかしいですね(笑)。「ここはバグってるな」とか逡巡していたのが見えてしまうので。
 研究でも何でも、始めるときには誰だって技術も経験も情報もない素人です。その中で、自分で勉強して、人にもたくさん教えてもらって、失敗を繰り返しながら進めていくことでやっと成果が出る。それが研究の大変なところでもあり、面白いところでもあると思います。

 

研究の目指すところ

 扇状地の土石流経路の把握や、暗渠の閉塞による影響などについては、かなり見えてきた実感があり、目標はある程度達成できたのかなと思っています。しかし、日本には土砂災害(特別)警戒区域は数十万か所あります。研究によってシミュレーションできている地域はまだほんの一部ですから、この結果をより深めていって、土地利用や防災に役立てていきたいですね。
 まずは、危険地域に住んでいる人に土石流の危険性を把握していただくことです。土石流が辿る経路になりそうな場所は避けて避難するなどの行動を啓発していきたい。同時に、安全に土砂を流すような土地利用を行っていくべきだと思います。道路や流路を作っておいて、もし土石流が起きてもその場所だけ工事すればすぐに復旧できるようなものにすれば、建物や人命の被害が少なくなるのではないでしょうか。
 日本の中に数十万か所ある危険区域すべてに、砂防ダムなどの施設を設置するのは、予算的にも現実的ではありません。万が一全部作れたとしても、その頃には最初に作った施設のメンテナンスが必要になります。そうすると、特に効果が大きいところや、被害が大きいところを明確にしておくべきですし、危ないところにはそもそも「住まない」という選択肢も提案していきたい。
 現時点では、土地計画の時点でシミュレーションが活用される例は少ないのですが、今後は行政と住民と、そして研究者が連携して土地計画や防災対策を提案することを目指していきたいと考えています。

   
 
今後取り組みたい研究やテーマ

 多くの研究者が取り組みたいテーマだとは思いますが、AIを使った災害予測についても研究を広げていきたいですね。どこの地域が災害において危険なのかというのは、これまでの調査や研究でだいぶカバーされてきています。では、「次はどこで災害が発生するのか」というタイミング予測に関してはその蓄積されたデータを基にしてAIを活用すれば、優先順位がついて対策しやすいのではないでしょうか。
 そのためには、多くの基礎データが必要になります。これまでは最近起こった災害を深く掘り下げる方面での研究がメインでしたが、広い地域を調べることで新たに見えてくるものはあるのかなと思います。たとえば、土砂災害が起こるのは花崗岩の地域が多いといわれています。しかし地質は違うけれども土砂災害が起きやすい地域は多々あります。雨の降り方や山の中の水移動の影響もあるとは思いますが、まだ総合的に研究されている事例が少ないので、取り組んでみたいと思います。
 こういった試みに関しては自分の研究だけではなく、ほかの研究グループとも連携して、「この場所が起こりやすい」「この場所は他とは違う特徴がある」という情報を共有し多面的に掘り下げる手法を探っていきたいですね。

中谷加奈さん

京都大学大学院農学研究科
助教


2005年 京都大学農学部森林科学科卒業
2007年 京都大学大学院農学研究科森林科学専攻修士課程修了
2010年 同博士課程修了、博士(農学)

大阪出身。山間部から発生する土石流や流砂、流木を対象として、土砂
災害を防止軽減するための砂防学の研究を行う。シミュレーションや
実験を活用して、土地利用による安全な街づくりや、効果的な構造物の
形状や配置による防災対策についても研究を進めている。

ページトップへ