【河川基金からのお知らせ】

ドローンを活用した河川の自然のリアルな理解のための教材開発と実践

2021/05/10 事例紹介

三重大学教育学部附属小学校
教諭 前田 昌志 さん


1.自分たちの地域の立体地図を作り、観察している様子。
2.「治水について問いを見出そう」をテーマにした授業の板書。
3.ドローンで撮影した映像をVRゴーグルで見る授業も


 

 初等教育では自然や地形を子どもたち自身の目で観察することが重要な一方、河川の中州など近づくのが難しい場所や、全体像が見られない場所の観察が困難であるという課題がありました。その解決のためにドローンで撮影した映像を教材として使う試みが、三重大学教育学部附属小学校で行われています。本年度の文部科学大臣賞を受賞したこの取組みについて、担当する前田昌志教諭に狙いを伺いました。

 

「自分の命を守る術」を身につける教育を

 ドローンを使用した教材を活用しているのは、河川の防災教育ですね。この授業のテーマとしては「総合治水と防災」を掲げています。
 この学習テーマを決めたいちばんの理由は、「自分の命は自分で守る」子どもを育てたいと考えたからです。私が大学生の時、東日本大震災が発生しました。当時、あの惨状を目の当たりにして、自分にはできることが何もないという無力さを感じました。今、教壇に立って、未来ある子どもたちに何ができるのかを考えた時、それは過去の災害から得た教訓を伝えることではないかと思いました。そのことをきっかけに子どもたちが防災について考え、自分の命を守るために行動できるようになってほしい。それが自分の使命ではないかと思っています。
 豪雨災害なども増えている中、防災教育は喫緊の課題である一方、「命を守ろう」「災害は危険だ」と一方的に教えられ、受け身のままでいるのは十分ではありません。まずは子どもたちが「なぜ?」と自発的に問いを持つことこそが、防災教育においては非常に大切なのだと考えています。

 

自分ごととして地域や河川をとらえるために

 三重県の津市を流れる安濃川は、伊勢湾に注ぐ二級河川です。この安濃川を題材としたのは、もちろん自分たちの身近な地域にある河川だということが第一です。その河川に、治水や防災のための工夫がなされてきたという史実を知ることは、子どもたちが興味を持つきっかけとしてとても大きいと思います。そしてもうひとつは、安濃川が近代治水と伝統的治水とを両方見ることができる場所だからです。
 ダムや堤防を作って、水を溢れさせないとする手法は近代治水ですが、この方法だけでは想定を超える豪雨が続くと対応できなくなってしまいます。一方の伝統的治水は、水を遊ばせる、つまりあえて溢れさせる場所を作り、流域全体で水を受け止めるという手法です。安濃川はコンクリートによる堤防が整備されている一方、洪水を防ぐための伝統的な治水手法も残されているため、「先人の工夫と現代の技術を理解する」には最適な場所だと考えました。
 温暖化が進み、記録的な豪雨が頻繁に起こる現代では、近代的手法だけでなく、伝統的な治水の工夫を適切に組み合わせていくことが必要なのではないか。これが私たちの行っている防災教育のテーマです。このテーマに対して子どもたち自身の「問い」を持たせるために、まずは霞堤(※)に着目することからはじめました。「なぜ水を溢れさせるんだろう」というところに、まず疑問が生まれますよね。そこで〝霞堤って必要?〟と子どもたちに議論させると、やはり意見が分かれます。議論を通して、「自分ならどうするか」という考えにつながります。原点は子どもたちの内部にある「問い」なので、それをどう生み出させるか。どうしてもこういう専門的な授業は難しくなるため、一方的に教えられることになりがちです。それだけは絶対に避けたいと思い、授業を組み立てていきました。

※霞堤(かすみてい)…堤防のある区間に開口部を設け、その下流側の堤防を堤内地側に延長させ、開口部の上流の堤防と二重になるようにした不連続な堤防。平常時は堤内地から排水ができ、上流の堤内地で氾濫した際には霞堤の開口部から川へ排水し、被害の拡大を防ぐ効果がある。


左:ドローンで撮影した雲出川。周囲の地形も見やすく。
右:ドローンで撮影した君ケ野ダム。

 

ドローンを活用するというアイデア

 この学習にドローンをなぜ取り入れたのかというと、平成30年度の流域調査で生じたある課題を解決したいと思ったからです。その時は安濃川の現地に行って調査をしたのですが、子どもたちの身長だと、スケール感や仕組みが分かりづらいのですね。また、まわりが田んぼだから霞堤が生まれたという土地利用の実態もつかみづらい。構造物を上から見たり、斜めから見たり、全体像を見たりすることができれば、より理解が進むはずと考えました。ドローンの映像を子どもたちはiPadを使ってリアルタイムに見ることができますし、YouTubeにも動画を公開することで、主体的な学習の手助けになったのではないかなと思っています。
 今回の実践にあたっては三重大学に「初等教育におけるドローンの教育利用センター」というリサーチセンターを立ち上げて、理科教育だけでなく社会科、技術教育の先生にも関わっていただいて、地理的な視点、ドローンの技術的な視点から助言をもらうなど分野横断的な連携をしています。また自分自身が勉強することも重要でした。三重大学の荻原彰教授には現代の治水について教えていただいたり、授業で直接解説いただいたりもしました。教材の制作には、学生の協力も受けましたね。


ドローン映像をライブ配信するシステム。

 

子どもから生まれた問いを大切に

 小学校は担任制なので、学級をどういうふうに育てていきたいのかという目的も非常に重要です。今私が考えているのは「探求するコミュニティ」になってほしいということです。疑問があればクラスで議論して、合意形成を図って答えを見つけていく。そのためには、わかりそうでわからない、見えそうで見えない課題を常に子どもたちに提示し続けることが大切なのかなと。私は授業中あまりしゃべらないように意識しています。子どもたちが「こうじゃないか、ああじゃないか」と根拠を示しながら話し合える雰囲気の良い学級をめざしていますし、「学びっていうのはこういうことだよ」と常日頃から伝えています。
 子どもたちはこれから未知の、答えのない世界を生きていく存在です。そのためには子どもたち同士で探っていくことこそが大事で、これまでの一方的に教える授業では絶対にダメなんです。皆が考えを話し合い、よりよい考えを自分たち自身で導くような訓練が現在の学びには必要だと思います。そのためには主体的に学び、考える機会を提供し続けたい。ドローンなど最新技術を使った教材の開発は、その使命のひとつの手法なのだと思っています。

 
 
今後取り組みたい研究やテーマ

 継続して助成をいただいていることで、ドローンの教育利用という提案ができている一方、やはり新しい試みをすればするほど、課題は出てきてしまいます。今回の試みについていえば、私が操作しているため「教師が見せたい所を見せているのではないか」、つまり子どもたちが受け身になっているのではないかという点です。例えば360°撮影できるVRカメラをドローンに搭載して、子どもたち自身が操作して、好きなところを見られるような教材を作っていくというのも、ひとつの方法だと思っています。VR の授業利用は少しずつ進めているのですが、映像が鮮明で、リアルすぎて少し怖いぐらいです(笑)。高い所からの映像だと、本当に鳥の視点ですよね。
 理科教育としての役割だけでなく、これからの社会ではデータサイエンスを担える、先端技術を扱える人間を育てていくことも重要です。ドローンの教育利用がひとつの事例として知られることで、面白い利用の仕方が生まれるようになるといいですね。教育の専門メディアだけでなく、河川財団さんを通じて情報を広げていけるといいですね。助成をいただいものを元に、これからもいい成果をご報告できるように努めていきたいと思います。

前田 昌志 さん

三重大学教育学部附属小学校
教諭


2014年      三重大学教育学部卒業
2014-2017年 松阪市立第五小学校教諭
2017年-現在  三重大学教育学部附属小学校教諭

三重県生まれ。3年間の公立小学校勤務を経て現職。日本理科教育学会、
日本環境教育学会、日本天文教育普及研究会所属。ドローン映像とVR
技術を活用した河川教育など、新しい取り組みにも挑戦し続けている。

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