【河川基金からのお知らせ】

大規模豪雨に伴う斜面崩壊及び流木発生量の推定を可能に
~ロジスティック回帰解析による流木被害の評価モデルの開発~

2021/01/22 事例紹介

九州大学大学院工学研究院環境社会部門 教授 矢野 真⼀郎 さん


ロジスティックモデル回帰分析による渓流毎の崩壊地面積率予測

 

 近年、地球温暖化に伴う気候変動の影響と言われている激甚な豪雨災害が頻発しています。ここでは、環境水理学、沿岸環境工学を専門とされている矢野真一郎教授から、「平成29年九州北部豪雨災害の分析に基づく流木被害のL1・L2設定基準の提案」の研究についていろいろとお話を伺いました。

 

ロジスティック回帰解析による流木被害の評価モデル研究の概要

 近年多発している大規模豪雨災害では、流木が原因とされる水害の助長が多数見受けられますが、その最も顕著な事例が、平成29年7月九州北部豪雨です。この水害では降水量の多かった筑後川右岸支川の流域で同時多発的な斜面崩壊や土石流により大量の土砂や流木が発生し流下しました。流木による橋梁の閉塞に伴い洪水が河道から溢れるなどの被害や橋梁の流出は、復旧・復興の大きな障害となっています。
 本研究では、この水害で発生した数多くの斜面崩壊とそれに伴う流木発生に着目し、流木災害が顕著であった赤谷川などの全支川流域について、斜面崩壊に関連すると推測されるデータ類をメッシュデータとして整理しました。その素因としての地形・地質構造や土壌被覆などと、誘因としての降雨を基に渓流単位での斜面崩壊率の評価モデルを作成し、統計的手法であるロジスティック回帰解析により降雨や地形・地質などの情報を総合的に包含した流木発生量の評価モデルを開発しました。
 今回、被災地のデータを有効活用し、素因・誘因から斜面崩壊の傾向を表現できるモデル開発により、降雨規模に応じた流木発生量の評価が可能になることから、河川計画における計画規模に応じた計画流木発生量の推定が可能となり、さらにL1(比較的発生頻度の高い洪水)やL2(最大クラスの洪水)レベルに応じた流木発生量を議論する一助になる成果を得ました。

 

流木に関わる研究の深化

 平成24年の九州北部豪雨でも広範囲に斜面崩壊が起き、一度に同時多発的に多量の流木が発生しました。流木の研究が進んでいるのは知っていたものの、それまではあまり興味は無かったところ、土木学会の現地調査団の幹事として大分県竹田市の大野川水系玉来(タマライ)川での大規模な流木災害を実際に初めて直接目の当たりにして、これはやるべきテーマだと思いました。
 流木の研究は過去から色々されていて、我々水工学分野の研究では、流木の橋梁での捕捉の水理実験や数値モデルの開発などの研究はありました。実際にリスクを評価する上で、境界条件である流木流出量が解らなければリスク評価ができないと考えて調べたところ、砂防分野で渓流に砂防ダムを整備する際に流木流出量を評価する経験的な手法はあるものの、河川全体を見渡しての研究は少なく、流木流出量や橋の危険度などは解らない状況でした。それならば、これを研究テーマにと始めたのがきっかけでした。
 当初は河川と斜面との関係、そこに針葉樹または広葉樹が生えているかその程度の簡単な情報で評価するモデルから始めました。次に降雨により斜面崩壊が起きるかを地盤力学的に評価できるモデルであるh-slider法を適用して、地形や地質に雨の情報を加えて、降雨規模により斜面が壊れる可能性を評価できるレベルまでバージョンアップしていく中で、平成29年の九州北部豪雨による流木災害が発生しました。この斜面崩壊と流木のデータをうまく活用するため、ロジスティックモデルを使い、地形・地質・雨など関係する情報を全て入れた統計モデルを作成し計算すると、概ね実績の斜面崩壊の状況を再現できました。これまでの助成で研究が深化する中で、本研究のモデルを開発できたことが大きな喜びです。
 このモデルを活用して、平成30年西日本豪雨や去年の台風19号の丸森町での流木災害についても調査・分析して、まとめている所です。今後は、本モデルが他流域で適用可能かを検証し、より汎用性のある評価モデルへの改良、またL1・L2流木災害を評価するための基準とそれに応じた災害リスク評価やそれらへの対応策の研究へと、さらに深化させたいと考えています。

 

海から川、そして山まで流域圏の研究

 子どもの時はモノづくり系が好きでした。私が九大に入った当時は、2年生の時に水工土木学科と土木工学科のどちらかに選別されるシステムでした。土木はモノづくり系で、水工は日本で唯一でしたが水系の研究室が5講座と土質力学の講座があり、何となく水工に進みました。サイエンティフィックな事を色々やれる所で、面白いと思いました。最初から研究者になろうと思っていたわけではなく、研究をしていると段々面白くなって、続けるうちになってしまった感じです。
 学位を取った後は、海の物質輸送に関する研究を続けていました。どちらかというと海の事だけで、川は全然やっていませんでした。その後、海から川に上がって、今は山まで上がってきた感じです。
 専門である環境水理学は、流域全体の中で起こる水環境に関する過程の研究をする分野です。流域全体を考える幅の広い学問で、河川だけではなく、地下水、影響する水文的な事象、河口から出た後の海も含めた領域である流域圏を対象とし、ベースは力学的な水理学ですが、生態学や化学や水文学も取り込んだトータルで評価する学際的な学問分野です。
 最近取り組み始めたのが、八代海のブルーカーボン動態調査と数値モデル作りです。アマモは光合成するときに海の中でCO2を吸収し、そのことが温暖化の抑制効果に重要であることが最近分かってきて、いわゆるブルーカーボンが着目されています。八代海で面白いのはサンゴも生息しており、サンゴとアマモが生息している例はあまり無く、両方共存している特殊性のあるフィールドで、他大学の先生ともチームを組んで研究しています。

 

温暖化対策としての研究の進化

 最近取り組んでいる、ブルーカーボン動態調査も引き続き研究を進めますが、やはり流木の研究が大夫ワーク的なテーマの一つになると思います。
 現在実施している研究は、集水域から発生する可能性のある最大流木量である流木発生ポテンシャルによって、橋に集積する量や、どの橋梁が危険かなどの順位付けをする評価法の開発です。加えて、3Dプリンターで流木の形を出来るだけ精密に再現して、流木の橋梁への集積傾向に対する影響を評価するための水理実験も始めました。流木災害リスク評価モデルを出来るだけ信頼性の高いモデルにバージョンアップすることを進めています。
 これまでの研究で、リスク評価手法はそれなりに出来上がったので、今後はリスク低減について研究を進化させ、流木リスクを総合的に見られるようにすることが目標です。
 また将来は、大規模流木災害が起きたところの評価結果を基に、まだ起きていない日本全国の河川における流木リスク評価を試みたいと考えています。さらに森林関係の研究者と組んで、森林の状態が流出量にどう影響するかを組み込んだモデルのバージョンアップも準備しています。九州から始めようと考えていますが、流木の潜在的リスク分布や橋梁のリスク評価により、住民への情報提供及び防災意識の啓発に繋げる取組みが重要と考えています。
 一方で、温暖化で流木のリスクがどう変化するかも課題です。国が進める温暖化影響を組み込んだ河川計画に、流木もプラスして議論できるように、d4PDF(今世紀末に気温が4度上がると想定した予測シミュレーション)などの活用による信頼性を担保した研究への進化も始めたところです。

 
 
九州大学大学院工学研究院環境社会部門 矢野真⼀郎さんの取組み

川から海までの流域圏を対象として、環境と防災が調和した安全・安心でサステナブルな水圏をつくるための研究を行っています。ここ数年は大きな災害が多発しているため災害調査を毎年行っています。取材いただいた河川流域の流木災害リスク評価手法の開発に加えて、今進めているテーマは、水俣湾とインドネシアを対象とした微量残留水銀動態と環境中のメチル化機構に関する研究、有明海の貧酸素水塊への気候変動影響評価、アマモとサンゴが共存する場(八代海)でのブルーカーボン動態に関する研究などです。現地調査、数値モデリング、室内実験を組み合わせたスタイルで研究を行っています。
(写真:水中ドローンにより撮影された八代海の海底の様子)

矢野真⼀郎 Shinichiro YANO

九州大学大学院工学研究院教授

1967年福岡県生まれ。川から海までの流域圏を対象として、サステナブルな水圏の保全や創造を行うための研究を行っている。また、水災害・水環境の調和した気候変動適応策についても研究を進めている。

【学籍】
1990年 九州大学工学部水工土木学科卒業
1992年 九州大学大学院工学研究科水工土木学専攻修士課程修了
1995年 同博士後期課程修了
1998年 博士(工学)

【職歴】
1995年 九州大学助手
1998年 長崎大学講師
2004年 九州大学助教授
2015年より現職

【受賞】
1994年 第9回国際水理学会アジア太平洋地区会議最優秀論文賞
2007年 平成19年度 河川整備基金助成事業優秀成果
2019年 平成30年度 河川整備基金助成事業優秀成果

【所属学会】
土木学会、国際水圏環境工学会、日本流体力学会、日本海洋学会、ダム工学会

【主な著書・執筆論文】
・新編水理学(共著)、理工図書。
・環境水理学(共著)、土木学会。
・矢野真一郎(2018):GIS を用いた流域全体の流木災害リスク管理手法、2018 年度(第54 回)水工学に関する夏期研修会講義集。
・Matsuyama, Yano, et al.(2019) The spatial distribution of total mercury in sediments in the Yatsushiro Sea, Japan, Marine Pollution Bulletin, 149.
・田所壮也・矢野真一郎(2019) 気候変動による温度や河川流量の変化が与える有明海の貧酸素水塊の消長への影響の評価、土木学会論文集B2(海岸工学)、75(2)。
・矢野真一郎、他(2018) 気候変動による降水量変化が河川流域の流木災害リスクへ与える影響に関する評価、土木学会論文集B1(水工学)、74(4)