【河川基金からのお知らせ】

河川財団賞 受賞研究- 東日本大震災津波の河川遡上とその後の河口地形回復遅延機構-

2019/10/08 事例紹介

東北大学大学院工学研究科⼟木工学専攻 教授 田中仁 さん

左:北上川を遡上する津波の数値シミュレーション 
右:七北田川の河口地形変化
 
平成30 年度の「河川財団賞」を受賞された東北大学大学院工学研究科土木工学専攻 教授 田中 仁さんに、今回の受賞対象となった研究の概要や成果、今後の様々な活動への抱負、河川基金への期待などをお聞きしました。
 

専攻している水工水理学に思うこと

 私の生まれた群馬県館林市は、利根川と渡良瀬川に挟まれており昔から水害に悩まされてきました。小中学生の頃に郷土の歴史を学ぶ中で、水屋や渡良瀬遊水池など水・土木への関心を持ち、大学に進学してから川・海・河口に関する水工水理学を研究してきました。
 長らく水工水理学に携わっておりますが、私の研究課題の中で「波と流れの底面境界層」は基礎流体力学に区分され、一方、「河海域の土砂移動」、「湾の海水交換と水質」は対象の河口・海岸・水域が存在する実務につながるテーマです。細かい素過程を明らかにする基礎研究と、実務に影響する応用研究は対極に位置しますが、それらを橋渡しすることが研究者としての願いです。

 

「東日本大震災津波」に関する研究と復旧・復興への貢献

 本助成による研究対象である東北地方の河川・海岸は、2011(平成23)年の「東日本大震災津波」で大きな被災を受けました。東北地方の河口・海岸の多くは長期的に侵食傾向にありますが、これは長い期間にわたって進行する問題ですから、管理者としても長期的に時間をかけて対応することができます。一方、今回の津波による河口部の侵食は、言わば一気に数十年後の状態にタイムワープしてしまったようなものですから、短期間の間に復旧・復興で対応することは大変な仕事となります。
 一般に、河川・海岸の計画は設定された外力によって決まるわけですが、今次津波は1000年に一度と言われる大災害ですから、それにどう対応するかは難しい問題です。計画を作るに当たっては仙台湾の外力をL1(比較的発生頻度の高い津波)とL2(最大クラスの津波)に分けています。L2では構造物が巨大になり作れませんからL1で整備し、L2対応も考慮した計画を立てる訳です。
 これまで東北地方の河川・河口の諸課題に関わる研究を行ってきたなかで、今回の被災を受けて国や県により設置された河川遡上津波の防災計画に関わる複数の技術検討委員会での活動を通じて、本助成による学術的成果を活かすこととなりました。災害復旧・復興というきわめて限られた時間の中で計画の方向性を決めなければならないなどの困難さもありましたが、研究成果が実務にも活かされ計画が具現化していくことを通じて、研究者としての大きな充実感を感じることが出来ました。

 

河川財団賞受賞対象の研究概要

 東日本大震災津波の際、海に直接面した沿岸部で大きな被害が発生しましたが、加えて、河川を遡上した津波が河川堤防から氾濫することにより多大な被災が生じました。今回の津波による河川遡上距離はきわめて長大で、北上川では最大で約50kmの遡上距離が確認されています。沿岸部の被災に比べ、河川遡上津波がもたらす災害については住民の意識も希薄であり防災上の盲点であったことから、河川の地形特性に応じた津波の遡上特性、それに伴う河川堤防の破壊など、被災の特徴とその機構を明らかにしました。
 また、津波後の個々の河川での河口地形回復過程に関する研究により得られた貴重な結果に加え、東北地域の多くの河川における知見を総合化することにより、地形変化に内在する法則性に関する研究へと深化させる事が出来ました。
 さらに、2014(平成27)年9月、各地の河川において既往最大流量を記録した「関東・東北豪雨」に伴う河口・海域への土砂供給は、津波後の地形回復過程に対して大きなインパクトとなったことから、津波に加え大規模洪水による広域的な沿岸の土砂供給という新たな視点を加味した研究へと進展させ、河川地形の回復過程の特徴と課題を明らかにしました。
 6年間の継続の助成により、これらの研究項目を実施した結果、河口地形の安定性に関する判断基準の成果が一級河川の阿武隈川、名取川、鳴瀬川の実際の復興事業に活用され、二級河川の七北田川や蒲生干潟においても河口地形の安定性や河口回復に伴う周辺海域への影響範囲の判断に研究成果が活用されました。
 

一般住民に対して河川遡上津波の危険性を啓発

 住民の意識も希薄であり防災上の盲点であった河川遡上津波についての注意喚起は、防災・減災の観点からも極めて重要と考えていたところ、私の研究を知ったマスコミから打診があり、震災から7年後の2018年3月にNHKスペシャル「〝河川津波〟︱震災から7
年知られざる脅威︱」と題して全国放映されました。放映後、放送局には「分かりやすかった」、「津波に対する新たな視点を得た」との声を頂きましたし、質問もあり一般の方々からの反響の手応えを感じています。
 類似の事象は、今後、東海・東南海・南海地震津波の際にも生じると考えられますから、今後も更に研究を進め、防災・減災に役立てられる成果をあげたいと思っています。

 

今後の抱負について

 これまでの研究成果の海外への展開・国際貢献を是非とも進めたいと思っています。現在、私の研究室で留学生を受け入れておりますが、自国に帰任した以前の学生との共同研究や海外に在住する学生の研究指導のために、月に一回程度の頻度で海外に赴いています。
 ベトナム、インドネシア、タイ、バングラデシュ、オマーンなどとの連携をこれまでに実施していますが、今後更に強化したいと思っています。途上国支援は日本の技術者・研究者の責務であると考えますが、一方で、一研究者としては、これまでの自身の研究成果・経験を様々な場に適用してみたいという個人的な願望でもあります。

 

若手研究者へメッセージ

 今回の一連の研究を振り返って強く感じることは、国土交通省東北地方整備局のリバーカウンセラーとして地域の河川を長期にわたって見させて頂いたことがとても役に立っています。河川管理者との連携の場はこの制度に限りませんが、是非とも行政とのつながりの中から有益な成果を生んでほしいと強く願います。
 それと、先の今後の抱負とも関わりますが、近年、「質の高いインフラ輸出」という話をよく聞きます。研究についても同様なことがあり得ます。是非とも海外にも目を向けて研究を推進して欲しいと思います。
 

 

現在の河川基金の助成制度について

 研究は、必ずしも当初の予定通りに行かないこともありますし、それとは逆に思いもよらない優れた成果が生まれることもあります。その点で、予算の使用にある程度の自由度を許容している点が大変ありがたく感じます。





 
東北大学 教授 田中仁 さんの取組み

ベトナムでは近年多くの場所で海岸侵食が顕在化しており、特に河口部においてその傾向が強く見られます。この事実は、河川からの供給土砂の変化が侵食に強く関わっていることを示唆しており、具体的には、ダムの建設による堆砂、コンクリート骨材として使用するための多量の土砂採取の影響などが考えられます。今後の気候変動による海面上昇は、この現象をさらに加速化させることが危惧されています。このため、現地の研究者と協力して、海岸侵食から人々の生活を守るための海岸保全に関する研究を実施しています。
(写真:倒壊した護岸と廃業したビーチリゾートホテル(ベトナム・ツゥーボン川河口左岸))

田中 仁 Hitoshi TANAKA


東北大学大学院工学研究科土木工学専攻
水環境学講座環境水理学分野 教授
生年月日:1956 年11 月17 日 年齢:62 歳
専門:水工学

【略歴】

・昭和50 年3月 栃木県立佐野高等学校卒業
・昭和50 年4月 東北大学工学部土木工学科入学
・昭和54 年3月 東北大学工学部土木工学科卒業
・昭和54 年4月  東北大学大学院工学研究科博士前期課程(修士課程)入学
・昭和56 年3月  東北大学大学院工学研究科博士前期課程修了
・昭和56 年4月  東北大学大学院工学研究科博士後期課程(博士課程)進学
・昭和59 年3月  東北大学大学院工学研究科博士後期課程修了
・昭和59 年4月 宇都宮大学工学部土木工学科助手
・昭和63 年4月 東北大学工学部土木工学科講師
・平成2年7月 東北大学工学部土木工学科助教授
・平成3年8月-平成5年9月 アジア工科大学(タイ・バンコク)水資源工学科准教授
・平成5年9月 東北大学工学部土木工学科助教授(復職)
・平成8年3月 東北大学工学部土木工学科教授
・平成8年4月 東北大学大学院工学研究科土木工学専攻教授に配置換え
・平成8年7月-平成8年9月 デンマーク工科大学水理水工学研究所 客員研究員
・現在に至る

【所属学会】
・土木学会,日本自然災害学会,IAHR(International Association for Hydro-Environment Engineering and Research)
【主な著書】
・防災事典(共著), 築地書館, 2002.
・地球環境調査事典-調査・計測・測定・分析-(共著),フジ・テクノシステム,2002.
・Civil Engineering 新たな国づくりに求められる若い感性.(共著),技報堂, 2007.
・日本の河口(編著), 古今書院,2010.
・水理学入門(共著), 共立出版, 2010.
・2011 年東北地方太平洋沖地震災害調査速報(共著), 丸善,2011.
・図説 日本の海岸(共著),朝倉書店,2013.
・東日本大震災を分析する(共著),明石書店,2013.
・全世界の河川事典(共著),丸善,2013.
・東日本大震災に関する東北支部学術合同調査委員会報告書(共著), 土木学会, 2013.
・Tsunamis and Earthquakes in Coastal Environments-Significance and Restoration-(共著), Springer, 2016.
【受賞】
・ 昭和63 年6 月 土木学会論文奨励賞
・ 平成9 年11 月 土木学会東北支部 功労賞
・ 平成12 年11 月 12th Congress of IAHR-APD The Most Outstanding Paper Award.
・ 平成24 年3 月 東北大学総長教育賞
・ 平成26 年3 月 東北大学工学研究科長教育賞
・ 平成28 年8 月 Distinguished IAHR-APD Membership Award in recognition of distinguished contribution to the scientific activities of the IAHR-Asian and Pacific Regional Division.
・ 平成31 年3 月 Award in recognition of outstanding contribution to education in Vietnam, Ministry of Education and Training , Vietnam.

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