【河川基金からのお知らせ】

河川財団奨励賞受賞研究- 河口域を対象とした環境保全・自然再生のための河川改修技術の構築-

2019/04/15 事例紹介

東京工業大学(神奈川県) 環境・社会理工学院 助教 厳島 怜 さん

良好な汽水環境が残る長崎県加椎川
 
平成29年度の「河川財団奨励賞」を受賞された東京工業大学 環境・社会理工学院 助教 厳島 怜さんに、今回の受賞対象となった研究の概要や成果、河川基金への期待、今後の様々な活動への抱負などをお聞きしました。(河川財団奨励賞は、河川基金助成を受けられた研究者のうち、今後の活躍が期待される優秀な若手研究者を表彰するものです。)
 

受賞した研究の概要

 陸域と海域の境界に位置する河口域は、陸水と海水が混合し、更に、上流域の人為的改変による影響を集積するため、複雑な環境となっています。汽水環境に耐え得る特有な種が生息する場である一方、多くの河口域が開発等により改変されています。受賞対象となった研究では、河口域の生態系と生息場の物理環境及び河道の構造の関係を明らかにし、河川改修の際に配慮すべき事項を提案しました。
 河口域で実施した貝類相、生息場の物理環境、河道特性の調査結果を基に、解析を行った結果、生物相や物理環境が、河川、波浪、潮汐の外力により類型化され、類型毎に貝類相に影響を及ぼす物理的要因が異なること、貝類相と物理環境の類型を比較することで、人為による環境改変を抽出可能であることを明らかにしました。また、河道特性と貝類相の関係から、河川改修に際して貝類相保全のために配慮すべき事項について提案を行っています。

 

河川工学を専攻した理由


 私の出身地は、千葉県船橋市の郊外で比較的多く自然が残っているところでした。幼少期には谷地と呼ばれる湿地や川が遊び場でしたが、私が小学校高学年の頃、鉄道建設や宅地開発によってそのような場が徐々に失われていきました。自身の成長とともに、子どもの頃遊んだ自然あふれる場が消えつつあることに寂しさを覚え、環境問題や遊び場であった川に関する分野に興味を持ちはじめました。幼少から自然に囲まれた環境におり、よく川に入って遊んでいたので、河川工学は一番身近な分野だったのかもしれません。
 

国土交通省から研究者の道へ


 大学4年生の頃、鹿児島県川内川で大きな水害があり、私は災害ボランティアとして現地で復旧作業を手伝いました。そこで、災害の凄惨さや自然の力強さを目の当たりにし、防災の重要性を強く感じました。環境だけでなく、災害対策も含めて国土構築に貢献したいと考え、国土交通省へ就職しました。国土交通省には5年間在籍し、現場での治水事業に関する業務、本省で河川計画の策定に関する業務に従事していました。一方で、自分の中では河川の環境問題や水害の発生要因等、現象解明への興味が大きくなっていき、研究者への道へと方向転換しました。また、災害や河川環境に関する課題は河川内で解決できないことも多く、流域を対象とする必要があります。より広い視野で河川の問題を考えたいと思ったのも研究者になったきっかけです。
 

研究テーマ

 源流から沿岸域に至る流域圏をフィールドに水災害、河川生態系、河川地形に関する研究に取り組んでいます。極力限定したテーマで研究を進めるのでは無く、常に広い視点で物事を捉えるよう心がけています。現在重点的に取り組んでいるテーマは、河川汽水域の環境構造に関する研究に加え、流域内の自然微地形や過去の治水システムが氾濫被害に及ぼす影響に関する研究、山地河川の河床形態に関する研究です。源流から河口域を対象に、環境及び防災に関する研究テーマに取り組むことで、より幅広い視点から流域圏について考えられるようにしています。

 受賞の対象となった河川汽水域の環境保全に関する研究は、欧米、豪州、南アフリカと比較して日本は遅れています。陸域、海域両方からの影響があり、上流域の人為的影響を集約する場ですから、現象は複雑です。一方で、難しいこそやりがいがある分野です。研究者間の繋がりも重要で、汽水域の生態系を長年研究されてきた九州大学の鬼倉先生、福岡工業大学の乾先生、熊本大学の小山先生にアドバイスをいただけたことも受賞に繋がったと感謝しています。
 

研究内容が実際の現場にどういかされているのか?


 本研究では、河口域の環境を評価する際の類型化の提案、河口域の陸域の生息場構造と河道特性との関係を明らかにすることができました。研究成果の一部は現場に適用可能なものもありますが、環境に配慮した河道改修技術として確立するためには、河川水中の環境評価や、提案した改修方法が維持管理や治水の観点で問題がないかを検証する必要があります。一方で、事例の蓄積も重要です。研究で得られた知見に基づいて河川改修を行い、その結果をモニタリングし、フィードバックすることで技術が確立されると思います。現場での実装を踏まえた研究の展開もしていきたいと考えています。また、河川財団の助成では、研究成果が研究者だけでなく、技術者や行政の方にも伝わりますので、実装に近くづく良い機会だと思います。
 

これからの目標/今後に取り組みたい事

 これまで、河川環境や水災害に関する研究を行ってきましたが、それぞれ異なる現場で研究を実施しており、独立したテーマとして扱ってきました。しかし、「自然環境と人間社会が調和した国土」を構築するためには、環境と防災を流域圏で融合させる方策を考える必要があります。そのためには、河川や流域の自然メカニズムに対する更なる理解、自然地形や環境と人間社会及び生態系の関係の解明が必要だと考えています。

 現在、氾濫原を対象に、大規模水害に対する浸水リスクの低減や氾濫流のコントロールを目的とし、過去に構築された治水システムの解明、自然微地形と集落発達の関係、また、それらが浸水プロセスや浸水リスクに及ぼす影響について研究を行っています。一方で、氾濫原における水害対策の構築に際し、生態系の保全や再生を包含させた対策とすることが重要と考えています。日本では、氾濫環境に適応した生物が多く存在していますが、氾濫原の浸水頻度が減少した現在では絶滅の危機に瀕しているものも多くみられます。旧河道や後背湿地を洪水の貯留空間として活用することや、浸水許容の治水対策を行うことは、氾濫原環境に依存する生物の生息場保全の観点からも重要です。自然微地形や過去の治水システムが生態系に及ぼす影響を解明し、水害抑制の観点だけでなく、生態系の保全、保全を包含した対策を構築していきたいと考えています。
 

若手研究者へのメッセージ


 一若手研究者として感じることは、我々を取り巻く環境は厳しく、研究を続けていくためには、より短い時間で、より多くの研究成果を出すことがこれまで以上に求められているように感じます。しかし、重要なのは、成果を出すこと以上に、興味あることを探求する姿勢を貫くことだと思っています。研究者になった皆さんは、研究対象となるもの、或いは、研究するという行為が好きで研究者という道を選ばれたのだと思います。私は、そこに強いこだわりがあれば、多くの困難を乗り越えられると信じて研究をしています。私の場合は、川やそこに棲む生き物、或いは自然を調べるということが好きですので、現場に行き、対象を観察することを最も重視しています。研究のアイデアが生まれるのも、現場で調査している時間です。






 

東京工業大学 環境・社会理工学院 助教 厳島 怜先生の取組み

源流から沿岸域に至る流域圏をフィールドに水災害、河川生態系、河川地形に関する研究に取り組んでいます。現在は、3 つの研究テーマに重点的に取り組んでいます。1つは、河川汽水域に関する研究で、人為的インパクトが河川汽水域の環境構造及び生態系に及ぼす影響について研究しています。2つ目は、流域内の自然微地形や過去の治水システムが氾濫被害に及ぼす影響に関する研究で、久慈川流域を対象に現地調査や氾濫計算を行っています。3つ目は、山地源頭部の河床形態に関する研究で、土砂生産領域における河道特性について地形測量を行い基礎的な知見を集積しています。

厳島 怜 Rei ITSUKUSHIMA

東京工業大学 環境・社会理工学院 助教

1984 年千葉県生まれ。自然環境と人間社会が調和した国土構築に貢献するため、源流から沿岸域に至る流域圏をフィールドとし、水災害、河川地形、河川生態系に関する研究を行っている。

【学歴】
2007 年 九州大学工学部地球環境工学科卒業
2009 年 九州大学大学院都市環境システム工学専攻修了
2013 年 博士(工学)

【職歴】
2009 年 国土交通省にて治水事業の設計・施工、防災に関する海外プロジェクトの推進、河川計画の策定に関する業務に従事
2014 年 九州大学 助教
2019 年より現職

【受賞】
2014 年 応用生態工学会最優秀ポスター発表賞
2017 年 河川財団河川基金研究優秀成果賞

【所属学会】
土木学会、応用生態工学会、日本地理学会

【主な執筆論文】

  • Itsukushima et al. (2019) Effects of sediment released from a check dam on sediment deposits and fish and macroinvertebrate communities in a small stream. (Water)
  • Itsukushima et al. (2019) Relationship between physical environmental factors and presence of molluscan species in medium and small river estuaries. (Estuarine, Coastal and Shelf Science)
  • Itsukushima (2018) Countermeasures against floods that exceed design levels based on topographical and historical analyses of the September 2015 Kinu River flooding. (Journal of Hydrology: Regional Studies)
  •  Itsukushima (2018) Study of aquatic ecological regions using fish fauna and geographic archipelago factors. (Ecological Indicators)
  • Itsukushima et al. (2018) Investigating the Influence of Various Stormwater Runoff Control Facilities on Runoff Control Efficiency in a Small Catchment Area. (Sustainability)
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