【河川基金からのお知らせ】

河川財団賞 受賞研究-ポータブル・微生物モニタリングシステムを用いた河川環境のon-site衛生微生物学的安全保証-

2018/10/22 事例紹介

大阪健康安全基盤研究所 (大阪府)生活環境課 課長 山口 進康 さん

河川水中の細菌の蛍光染色像(滋賀県瀬田川・DAPIにより染色)
 
平成29年度の「河川財団賞」を受賞された大阪健康安全基盤研究所 生活環境課 課長 山口進康さんに、今回の受賞対象となった研究の概要や成果、河川基金への期待、今後の様々な活動への抱負などをお聞きしました。(河川財団賞は、河川基金助成を受けられた研究者のうち、特に卓越した功績が認められた助成研究者を表彰するものです。)
 

専攻の衛生環境微生物学について


 私たちを取り巻く環境中には、様々な種類の微生物が豊富に存在しています。地球に生息する微生物の数は、全宇宙の星の数より1000万倍多いという計算結果も報告されています。これらの微生物は有機物を分解するなど生態系における物質循環の原動力となり、また、発酵により地域固有の食文化を担っています。一方、環境中の一部の微生物は感染症の原因となり、人に害を及ぼします。
 私たちの身の回りに数多く存在する微生物ですが、一般的な培養法を適用させた場合、それらの90%以上は培養できません。一般的な培養法は、人に関係した微生物を培養しやすい条件となっているからです。
 環境微生物学はこのような環境中の微生物、培養もできず、名前すら付けられていない微生物も対象とする微生物学です。環境微生物学の中でも、私たちにとって有害な環境微生物を対象とするのが、衛生環境微生物学です。
例えば、大腸菌O157の感染は牛肉などの食品が原因となることが有名ですが、海外では遊泳中に感染した事例が報告されています。量の多少は別として、河川環境にも病原微生物は存在します。
 ここで、病原微生物がどこにいて、どうなれば増えるのかを知ることができれば、その感染予防が可能になります。感染症対策において、予防は治療と同等、あるいは治療以上に重要であると考えています。私がテーマとしている衛生環境微生物学は、環境中の病原微生物の挙動を知り、感染症の予防につなげるというものです。
 

環境微生物学を専攻したきっかけ


 環境微生物学を専攻したきっかけは、「見えないものを見たい」という興味からでした。
 私が小学校低学年の頃、父の故郷で夜空を見上げると、大阪の空とは全く異なる満天の星空が広がっていました。父は「都会の夜空にも星はたくさんあるが見えていないだけ」と教えてくれました。その時、初めて「見えない世界」があることを知り、興味が湧きました。その頃は、将来は天文学者になって好きな星空をずっと眺めていたいと思っていました。
 さらに、小学校高学年のときに顕微鏡でプレパラートを覗き、そこにも「見えない世界」、すなわち「微生物の世界」があることを知りました。「見えない生き物が身の回りにあふれている」、これは満天の星空に匹敵する驚きでした。
 その後、中学・高校と微生物に対する興味が深くなり、大学では微生物をテーマとしている研究室を選びました。大学卒業後も研究室に残り、目に見えない微生物を可視化するための基礎研究を進めていたのですが、このような方法は環境中の病原微生物の検出にも応用できることから、衛生環境微生物学分野の研究を始めました。今でも顕微鏡を覗くのはワクワクします。
 

河川財団賞 受賞対象の研究概要


 感染症の予防のためには、身の回りの環境中の病原微生物を見つけることが第一となります。そのために病原微生物のDNAを対象とする方法をはじめとして、様々な方法が開発されています。
 ところが、それらの方法の多くは、研究室内では実施できても、屋外では実施できません。水系感染症対策においては「その場(on-site)」で病原微生物を可視化することが重要であると考え、そのための方法を開発したのが、受賞対象となった研究です。
 この方法では、環境中の病原微生物だけを光らせる処理を「その場」で行い、そのまますぐに検出します。そのための処理法(蛍光染色法)や自動的に蛍光染色を行うための数cm四方の樹脂製デバイス(マイクロ流路デバイス)、さらに検出のための持ち運び可能な装置(ポータブル・微生物モニタリングシステム)について、研究をしました。その結果、約90分で「その場」で細菌数を測定できる方法を開発しました。
 

これまでに開発された微生物の検出方法との違い


 これまでに開発した「蛍光活性染色法」は、生きている微生物だけを検出するための方法です。「シグナル増幅—蛍光 in situ ハイブリダイゼーション法」は、特定属種の微生物だけを検出するための方法です。また今回開発した方法では、特定属種の微生物だけを検出するために、「蛍光抗体法」を用いています。これらの方法は全て、蛍光染色法に含まれます。
 蛍光染色法を用いて微生物を検出するためには、従来は蛍光顕微鏡やフローサイトメトリーという装置が必要で、屋外での実施には限界がありました。今回の研究は、これらの蛍光染色法を屋外で簡便に実施するための実用的な方法を開発したところが特長になります。
 感染症の原因微生物では、患者に感染している状態では培養できるのに対し、環境中に生息している場合は培養困難になることが多くあります。このような環境中の病原微生物に対しては、病原微生物学で培われてきた培養法が適用できないことが多々あり、今回開発したような、培養に依存しない方法が有効です。
 なお、今回開発した方法に「蛍光活性染色法」や「蛍光 in situ ハイブリダイゼーション法」を併用するための研究も進めており、河川基金ではその条件検討も実施させていただきました。現在、論文を作成中です。
 

河川基金について


 河川基金を一言で表すと、「懐の深さ」だと思います。
 一部の助成金には、かなり使途が限られ、費目の変更が難しいものがあります。研究では予期せぬ発見、あるいはアクシデントで研究の方向性を変えることが少なからずあります。このような場合に、柔軟に対応いただけるのは、研究者にとってはありがたいです。
 また、自然科学分野に限らず、幅広い分野、セミナー開催や図書の出版にも助成をされている点、また研究機関のみならず、自然愛護団体等にも助成をされている点がとてもユニークだと思っています。
 河川基金研究成果発表会では、自身の発表に対して適切なコメントをいただくと同時に、他の先生方の研究発表が大きな刺激となりました。私の研究分野とは大きく異なる分野の研究成果を聴くことが楽しみでした。
 これは冗談ですが、将来的には「河川財団文学賞」を創設されるのではないかと思っています。
 なお、学会の賞では、研究業績よりもその学会への貢献が暗黙的に評価されることが少なからずあります。ただ、研究者にとっては業績が一番ですので、業績だけで評価をいただくことも重要です。河川財団の表彰制度は業績を重視されておられますので、今後もそのポリシーを大切にしていただきたいです。
 

今後の抱負について


 現在、地方衛生研究所に勤務しておりますので、これまでの研究成果を新しい試験検査法の開発につなげたいです。特に、今回開発した方法は、病原微生物数が数値だけではなく、ディスプレイ上で視覚的に認識できるので、結果を理解しやすい点も特長の一つです。環境微生物分野のみならず、微生物を対象とする様々な分野、さらには途上国でも利用可能です。
 また、少し話が飛躍しますが、今後の宇宙居住を考える場合に、宇宙居住環境内での微生物の制御が重要になります。宇宙居住空間では一部の微生物の病原性が上がるのに対し、人の免疫が低下するため、地上以上に日和見感染、すなわち健常人では感染しないような微生物に感染する事例が多くなると懸念されています。宇宙に憧れる者として、今回の研究成果が、このような宇宙居住の微生物学的な安全・安心の確保につながればと思っています。
 一方、私は幸運にも、これまで研究者として様々な経験ができ、研究を通じて学ぶことができました。これからは、現職場の若手の方々の笑顔が増えるような研究環境の整備に力を注ぎたいと考えています。
 

若手研究者へのメッセージ


 「自分がなぜ研究者になろうと思ったのか」、研究者である限り、何歳になってもこの気持ちを大切にしていただきたいと思います。
 また、「自分が何をしたいのか」、あるいは「何ができるのか」を常に考えることが重要です。自分が羽ばたくためのチャンスは色々なところにある、それに気づくかどうかは、常に頭の片隅ででも考えているかどうかだと思います。







 
大阪健康安全基盤研究所 生活環境課 課長 山口進康さんの取組み

感染症の予防のためには、病原微生物がどこにいて、どうなれば増えるのか、すなわち、環境内での動態を明らかにすることが重要です。その基本となる病原微生物の検出には、培養法が広く用いられてきました。しかしながら、環境微生物学分野における研究の進展とともに、培養法の課題が明らかになり、培養に依存しない手法の必要性が認識されてきています。そこで、山口さんは、細菌を可視化するための蛍光染色法や染色操作を自動化するためのデバイス、さらに、その場(on-site)で検出・測定するためのシステムの開発を進められています。

山口 進康 Nobuyasu YAMAGUCHI

地方独立行政法人 大阪健康安全基盤研究所 衛生化学部 生活環境課 課長 博士(薬学)

1993年3月 大阪大学大学院薬学研究科 博士前期課程修了
1993年4月 大阪大学薬学部助手
2006年4月 大阪大学大学院薬学研究科助教授
2007年4月 大阪大学大学院薬学研究科准教授
2016年4月 大阪府立公衆衛生研究所 衛生化学部 生活環境課 総括研究員
2017年4月 地方独立行政法人 大阪健康安全基盤研究所 衛生化学部 生活環境課 総括研究員
2018年4月 地方独立行政法人 大阪健康安全基盤研究所 衛生化学部 生活環境課 課長

【主な受賞】

・2000年度日本微生物生態学会論文賞
・2014年 大阪大学総長奨励賞
・2015年 遠山椿吉記念 第4回 食と環境の科学賞 奨励賞

【主な著書・論文】

・宇宙居住環境中の微生物(環境と微生物の事典, 朝倉書店, 2014)
・微生物の多様性・系統分類・検出方法(感染症の生態学, 共立出版, 2016)
・Global dispersion of bacterial cells on Asian dust. Sci. Rep., 2: 525 (2012)
・Four-year bacterial monitoring in the International Space Station – Japanese Experiment Module “Kibo” with culture-independent approach. npj Microgravity, 2: Article number 16007 (2016)
・Rapid on-site monitoring of Legionella pneumophila in cooling tower water using a portable microfluidic system. Sci. Rep., 7: 3092 (2017)

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