【河川基金からのお知らせ】

山口県佐波川沿いの土石流・洪水の歴史を探る

2018/10/22 事例紹介

山口大学大学院(山口県) 創成科学研究科工学系学域社会建設工学分野 教授 鈴木 素之 さん

 
 
 

土砂災害の調査を通じて気がついた「災害履歴」を知ることの重要性


 地盤工学を専門とする鈴木素之教授から「ジオスライサー調査と古文書解析による佐波川沿いの洪水・土石流発生ポテンシャルの変遷の評価」の研究についていろいろお話を伺いました。
 研究のきっかけは、平成21年7月21日に防府市の佐波川下流域で発生した大規模な土石流災害です。それを受けて、土石流発生渓流の地盤履歴調査結果と歴史資料を照らし合わせた結果、過去に何度も土石流が起こっていることが分かりました。これより、災害の発生履歴の解明が地域住民の防災意識の向上につながると考え、研究を開始しました。
 その後も、平成26年8月に広島市で大規模な土砂災害が発生するなど、全国各地で洪水や土砂災害が頻発しました。被害に遭われた方から「この場所でこんなに土砂が出るとは思わなかった」「今までこんなことはなかった」との声をお聞きすることがあります。その地域の洪水や土砂災害の履歴(時代背景や原因など)を明らかにすることは、伝承されていない災害教訓として、防災対策の一助になるとの考えがより一層強まりました。
 山口県防府市を流れる佐波川の上流の山々は、明治初期は荒廃状態だったそうで、その頃は、我が国の森林資源が一番枯渇していた時期であったろうと思います。明治政府も外国の最新の技術を導入し、山から土砂が出ないようにするための工事を推進しました。そのうちのいくつかは、富山県にある立山砂防も同様ですが、現在でも立派に頑張ってくれています。現在の防災は、先人の仕事があって、成り立っていますので、何世代にもわたる長時間スケールで取り組む必要がある課題と考えます。今の時代の整備が次の時代の社会の安定や経済発展の礎になることを、砂防や河川の歴史を勉強することで、実感するようになりました。
 

次世代を見据えた防災教育


 立山砂防のフィールドを見学させていただいた際、ある石碑を見て心を打たれました。それは「護天涯」と言われるもので、一般の人の目の届かない山奥で、そこを護ることが下流の地域を安全にするという、工事に携わる人々の矜持が顕れた石碑でした。こういうものは日本人の美徳であり、今後も大切にしていきたいと思っています。古き良き日本の伝統や考え方を、研究を通じて、学生と共有していきたいと考えています。また、一般の方々へも、研究成果の社会還元として、こういったことをお伝えしたいと思います。
 

社会インフラ整備の歴史


 研究を進めていくと、先人の尽力によって、社会インフラが整備され、我々の生活が安全に、豊かに、便利になっていることがわかりました。
 私の勤務先の山口大学においては「社会基盤メンテナンスエキスパート養成講座」というものを開催しています。これは高度経済成長期に整備された社会インフラの老朽化が急速に進行する中で、点検や補修技術の開発とそれを担う技術者の養成が必要であるとして、作られたプログラムです。社会インフラの点検・維持というものは、今に始まったものではなく、平安の時代には道路や橋を点検する官職がありましたし、鎌倉時代でも今で言う維持管理を行うような官職があり、公共施設のメンテナンスの概念は古くからあったのです。昔は木材が主な建築材料でしたので、その質や状態を点検して、長く使っていこうというメンテナンスの考えが今よりも明確にあったと思います。
 

佐波川流域の研究


 佐波川は堤防やダムが整備される以前は、洪水が頻発する暴れ川であったそうです。下流域の土石流の発生頻度を明らかにするため地盤調査を行うと、平成21年に土石流が発生した箇所から、古い土石流による堆積物が何層も出てきて、そこでは過去に何度も土石流が起こっていたことがわかりました。そこで、土石流が起こった年代を調べるため、放射性炭素14Cを用いた年代測定法(考古学で用いられている)を採用しました。土石流が流下するときに巻き込まれた樹木の破片などが土石流堆積物中で炭化している場合があります。それを14C法で分析することで土石流堆積物の形成年代の推定が可能になり、土砂災害発生年表を作成することができました。この方法は、今では±数10年の誤差範囲まで測定精度が向上しています。被災渓流の調査データをまとめたところ、1300年代の半ば、土石流が平成21年と同じように防府全域で起こっていたと推定されました。これは、「山口県災異誌」等の資料に記載されている、山口湾付近に台風が上陸し、高潮が発生したとされる時期に近いことから、平成21年の防府の災害は1000年に一度の災害(鈴木先生はミレニアム豪雨災害と称している)であったのではないか、と考えています。
 防府の歴史を遡ると、東大寺が焼失した後、重源という僧侶が防府へ派遣され、寺社の建材となる木材を輸出するために、佐波川上流の徳地という場所から、木を伐りだし、佐波川に堰を設けるなどして、佐波川を利用して京都へ送っていました。東大寺の再建だけではなく、都の建築材料として、周防の国から木が伐り出されていましたので、当時の佐波川流域の山のほとんどが刈られた状態であったと推測できます。
 これより、森林荒廃と災害発生は時間差をおいて大きく連動しているのではないかと思いました。それを踏まえて、土石流の扇状地と佐波川の氾濫原が交差する場所でジオスライサーという試料採取器を地盤に打ち込んで、地層の剥ぎ取りを行うと、山から土石流がもたらした堆積物、河川からの洪水氾濫の堆積物が交互に現れ、この土地は土石流と洪水氾濫の両方の影響を受けて形成された場所であることが判明しました。
 地域社会の発達プロセスで、経済が発展し、人口が増大すると、森林が切り出され、山地が荒廃して、土石流や洪水が大きくなる。それにより土砂が流出して平野が拡大し、新田や塩田が開発されて、経済活動がさらに発展するといったスパイラルがあって、この地域は発展してきたのだと考えています。
 

人々の生活の場と洪水等との関係


 防災活動には昔の人も取り組んでいます。そこで、先人の防災意識を明らかにして、現在の防災に生かすために、本年度の河川基金助成により、過去の人々の土石流や河川氾濫に対する意識を明らかにするために、中世における遺跡の立地状況を調べ、洪水や土石流と遺跡とどんな位置関係があるのかを検討しています。
 遺跡と川や谷の出口との距離についてGISを使って解析すると、全体的な傾向として、遺跡は川からは離れた場所にありますが、谷の出口付近に立地するものもありました。昔の人の防災意識は現代人より優れているのでは、との考えをもっていましたが、そうでもなさそうです。また、堤防など整備されていない時代ですので、川沿いは湿地でぬかるんでおり、洪水も頻繁に起こるので、当時の人々は、今のように川の近くまで住まず、山側のやや高い場所で生活していたと考えられます。ただし、生活に必要な水を得やすい渓流に近い場所を選ぶ人々がおられたと思います。今後も、その土地の成り立ちと災害リスクを探る研究を続けていこうと思います。
 

地域防災への活用に向けて時間軸を10²~10³年とした防災学:時間防災学


 県内の小中学校への防災出前授業で、ジオスライサー調査で判明した研究結果を子どもたちに教えています。また、一般の方向けの講演会でも、年に何度か講演し、その際に助成研究結果を紹介させていただいています。
 これまでにも、古い土砂災害や洪水の研究はなされているのですが、防災の観点で言うと、まだ解明は進んでいません。そこで、長い時間スケールで災害や防災を考える「時間防災学」という新しい学問領域を提唱し、前述したような文理融合した研究アプローチで、地域の災害履歴を解明する研究を進めています。また、今年の台風21号では高潮による被害が発生しました。地元の宇部市では昭和17年の周防灘台風による高潮によって多くの方が亡くなられた災害がありました。今後は、土砂災害や洪水だけでなく、高潮も対象にして、時間防災学の観点から研究に取り組んでいきたいと考えています。今年の西日本豪雨では各地で甚大な災害が発生しました。豪雨災害は、どこでも起こりうると考えて、それに備えた研究を推進していきたいと思います。







 
山口大学大学院 教授 鈴木 素之 さんの取組み

地盤工学の観点から土砂災害と水害の履歴に関する研究を行っています。豪雨災害が毎年のように発生していますが、災害の歴史を調べると、同じ場所や近いところで、過去に土石流や洪水が起こっていることが判明し、その土地の成り立ちや災害の歴史・傾向を知ることが防災上重要との思いになりました。研究では、現場において地層の成り立ちを観察し、試料を採取し、実験室に持ち帰り試料の分析・測定を行っています。また、過去の資料を探し、災害の記録を調べています。この研究は、日本史、考古学、社会学などの知見や見方が大事なので、文系の研究者と協力しながら進めています。

鈴木 素之 Motoyuki SUZUKI

国立大学法人山口大学大学院創成科学研究科工学系学域社会建設工学分野 教授

1968年生まれ 信州大学にてリングせん断試験による粘土の残留強度に関する研究を始め、信州大学大学院工学系研究科博士後期課程に進学し、そのテーマで博士号を取得した。大学院修了後、山口大学工学部社会建設工学科に勤務し、現在に至る。山口大学では豪雨、地震時のマサ土や変成岩斜面の安定性評価に関する研究に従事し、ここ最近は、過去1000年間の長時間スケールで土砂災害と防災を考える「時間防災学」に関する研究プロジェクトを推進している。

【職歴】

1968年生まれ
1998年4月 山口大学助手
2007年4月 山口大学助教
2008年6月 西オーストラリア大学上級訪問研究員
2009年4月 山口大学准教授
2016年4月 山口大学教授
現在に至る

【主な執筆論文】

Suzuki, M. et al. (2017) Ring Shear Characteristics of Discontinuous Plane, Soils and Foundations, Volume 57, Issue 1, pp. 1-22.
Suzuki, M. et al. (2017) Interface Shear Strength between Geosynthetic Clay Liner and Covering Soil on the Embankment of an Irrigation Pond and Stability Evaluation of its Widened Sections, Soils and Foundations, Volume 57, Issue 2, pp.301-314.
Suzuki, M. et al. (2018) Sediment disasters caused by the 2016 Kumamoto Earthquake and regional disaster history, Lowland Technology International, Vol.19, Issue 3, pp.181-186.
uzuki, M. et al. (2018) Applicability of Clinker Ash as Fill Material in Steel Strip-Reinforced Soil Wall, Soils and Foundations, Volume 58, Issue 1, pp. 16-33.

ページトップへ