【河川基金からのお知らせ】
河川財団奨励賞受賞研究-河川環境中に存在する抗がん剤成分の環境動態に関する研究-
2018/05/28
大阪薬科大学大学院薬学研究科 助教 東 剛志 さん
平成28年度の「河川財団奨励賞」を受賞された大阪薬科大学大学院 薬学研究科 助教 東 剛志さんに、今回の受賞対象となった研究の概要や成果、河川基金への期待、今後の様々な活動への抱負などをお聞きしました。(河川財団奨励賞は、河川基金助成を受けられた研究者のうち、今後の活躍が期待される優秀な若手研究者を表彰するものです。)
近年、河川環境中に医薬品成分が残留する新たな環境汚染が世界的な規模で進行していることが明らかになり、社会的にも大きな関心を呼んでいます。この研究は、人口の集中する都市部の河川を中心とした調査を行い、抗がん剤成分の存在実態と挙動を詳細に明らかにしただけではなく、環境改善の糸口となる光分解、生分解、河川底質への吸着性についても検証がなされた点が評価されました。
普段は環境と医薬品の関わり合いについて探求する研究を行っています。具体的には、河川や下水道等の関係機関と協力しながら、河川流域における医薬品成分の存在実態と環境動態の解明に加え、水処理工程での除去効率や挙動の解析を行っています。また、医薬品の使用傾向と環境中の存在との関連性を評価することで水系暴露濃度予測モデルの構築を行い、環境に流出する医薬品による環境リスクの削減や、低減に有効であると考えられる対応策の効果を評価する手法の開発も試みています。
この研究を行いたいと考えるようになったきっかけは、どうして医薬品が河川中に存在する環境問題が発生するのだろうか、という素朴な疑問からでした。1990年頃に世界各地で内分泌攪乱物質、いわゆる環境ホルモンの存在が明らかになり研究が進められる中、2000年代からは医薬品成分による河川環境汚染問題についても懸念がされるようになりました。調査が進むにつれ、河川や湖沼をはじめとして、地下水、飲料水からも医薬品成分が検出されることが分かってきました。
河川環境へ医薬品成分が排出されている主な原因
ヒトの病気治癒や、畜産で用いられている医薬品成分は、体内で吸収され薬効を発揮した後、代謝を受けて化学構造が変化し、薬効を持たなくなった形態で体外へと排泄されます。しかし、未代謝のまま残ったり、体内で吸収されなかった医薬品成分は、薬効を保った形態のままで体外へと排泄されます。これらは下水道等を経由して処理されるのですが、従来型の水処理では十分な除去を行うことが難しく、河川環境中へ排出されます。河川環境中に医薬品成分が存在することにより、生態系への影響や、飲料水を経由したヒトへの健康影響等、現実面で多くの課題が共存する難しい問題であることが分かってきています。
抗がん剤 環境への影響
医薬品成分による河川環境汚染問題は、社会発展による近代化に伴い世界的規模で進行しており、実態の把握と解決策に向け様々な研究が日進月歩で行われています。一方で、死因の第1位となっているがんの治療に用いられる抗がん剤成分については、当時は世界的にみても報告例が殆どなされておらず、不明なことが多い状態にありました。抗がん剤はその性質上、生理活性が強い成分も含まれるため、環境中に流出した際に生態系への影響が懸念されることが国内外の研究者により指摘されていました。
今回の受賞対象となった研究では、河川水や下水の中に存在する抗がん剤成分とその生理活性代謝物を高感度で同時に分析できる手法を開発しました。そして、開発した分析法を用いて人口が集中する都市部を流れる河川流域を対象として、その存在実態と挙動を初めて明らかにしました。さらに、太陽光による光分解性や河川中での生分解性、河川底質への吸着性の評価試験についてもあわせて行い、現地調査で得られた実測データとの比較検証を行うことで、河川環境中での環境動態の解明を行いました。
その結果、抗がん剤の中には河川環境中から高濃度で検出されるものがあること、排水処理施設を経由する放流水からの寄与が約50~85%を占めていることを明らかにしました。また、抗がん剤の河川流下に伴う減衰影響は一部の成分を除いて小さく残留性が高い傾向にありますが、高度処理であるオゾン処理を行うことで、河川環境への負荷影響を低減できることを明らかにしました。
これらの成果は、環境を専門とする国際学術誌に掲載されるとともに、当該研究に関する洋書専門書の執筆を行いました。また、当該助成事業の成果が広く認知されるようになり、学会での招待講演・シンポジウムオーガナイザー・基調講演の依頼や、製薬企業での講演に加え、一般向け教養テレビ番組「知の回廊」への出演や、薬学を専門とする新聞である薬事日報に掲載されるなど、国内外で社会的に評価されました。
私の原動力
研究者となってすぐに科研費等で活躍できるのが理想であるとは思いますが、就職直後、新しい環境で実験場所の確保から実験器具の調達等、研究環境の整備から自分の力で切り拓いていくことは苦労も少なくありませんでした。継続的な取り組みに加え、きっかけも必要であるなと今振り返っても思います。私は若手研究者を対象とした助成で研究を行わせて頂いたのですが、博士取得後に研究者として良いスタートを切れたのは、河川基金の助成制度に依るところが少なくないです。
私にとって河川基金助成による研究は貴重な経験でした。限られた資金・時間で研究を進めることにより、前もって過不足ないように考える習慣や、計画に沿って研究を遂行する力が身に付きました。また、報告書を通して論文を書き上げるスピード・レベルも確実に上がりました。私の場合、恥ずかしながら努力だけでなく運も同じくらい関係したと考えておりますが、平成26年度の河川財団研究成果発表会で優秀成果賞を、そして今回の河川財団奨励賞を賜ることができたことについて大変嬉しく受け止めておりますとともに、今後さらに継続して研究を発展させていく原動力にもなっていると考えています。
今後の抱負
これまでに河川環境中に残留する医薬品に関する研究を行っておりますが、最近では医療機関に由来する排水に関する研究についても検討を試みつつあります。人の社会活動と環境には相互関係があり、人と河川環境との関わり、環境と医薬品の関わり合いについて有意義な知見を明らかにするとともに、近代的で豊かな現代社会と河川環境の保全・共存の接点についても明らかにしていきたいと考えています。また、医療従事者側で対応可能な環境面への配慮のあり方や、環境に優しいこれからの医薬品のあり方についても発展させていきたいと考えています。
大阪薬科大学大学院薬学研究科 助教 東 剛志先生の取組み
近年、河川や湖沼をはじめとする水環境中に医薬品成分が残留する新たな環境汚染が世界的な規模で進行していることが明らかになり、生態系への影響や飲料水を経由したヒトへの健康影響が懸念されています。そこで東先生の研究では、人口が密集する都市部の河川流域を中心とした汚染の実態と環境動態の解明に関する研究を行うとともに、残留医薬品成分による環境リスクの評価や、低減に有効であると考えられる対応策の効果を評価する手法の開発を行っています。
東 剛志 Takashi AZUMA
大阪薬科大学大学院薬学研究科 助教 博士(工学)
2012年3月 京都大学大学院工学研究科都市環境工学専攻博士課程修了
2012年3月 京都大学グローバルCOEプログラム アジア・メガシティの人間安全保障工学拠点修了
2012年3月 京都大学環境マネジメント人材育成国際拠点(EML)修了
2012年4月 大阪薬科大学薬学部助手
2016年4月 大阪薬科大学大学院薬学研究科助教
主な受賞
・2011年 京都大学環境衛生工学研究会 研究奨励賞
・2011年 日本水環境学会 博士研究奨励賞(オルガノ賞)最優秀賞
・2012年 日本薬学会 優秀発表賞
・2015年 河川財団 優秀成果賞
・2016年 Outstanding contribution in reviewing award(Science of the Total Environment (Elsevier))
・2017年 河川財団奨励賞
・2017年 クリタ水・環境科学振興財団 研究優秀賞
・2017年 Publons peer review awards(Environmental Science and Pollution Research (Springer))
主な著書・論文
・Distribution of anticancer drugs and their sorption onto the sediment of an urban river(Fate and effects of cytostatic pharmaceuticals in the environment, Springer, 2018)
・医療機関に由来する排水中に存在する医薬品類の存在実態の解明と高度処理技術の開発(日本製薬工業協会 製薬協ニューズレター及びかんきょうニュース, 2018)
マスメディア等
・教養番組 知の回廊「都市河川・湖沼の抗生物質汚染の拡大と耐性菌の出現」(2016年)
・薬事日報 医薬品による環境汚染問題-実態・生態影響・浄化技術-」(日本薬学会 第137年会シンポジウム, 2017年)
・薬事日報【研究戦略】河川、病院排水に医薬品流入 実態解明や処理法開発に注力(2017年)