【河川基金からのお知らせ】
「つながり」を生む河川教育
2017/10/01
大田区立嶺町小学校(東京都) 主任教諭 篠 政博 さん 元教諭 牛島 貞満 さん
大田区立嶺町小学校の前に広がる多摩川下流(河口から約12㎞)で、生き物を採集する4年生(2017年9月「生き物調べⅡ」)
河川教育の導入のきっかけや経緯
本校での河川教育の取組は、平成14年度から開始した総合的な学習の時間がきっかけです。学校の目の前に広がる多摩川を活かした活動を行おうと、当時の教員によって始まったと聞いています。(篠先生)
私が嶺町小に赴任した平成22年当時の活動は、川に入る体験を重視した活動でした。1年生から全学年が多摩川に入ることに驚きました。そのため、100以上のライフジャケットが学校にあり、箱メガネやスローロープもありました。でも生き物調査はやっていませんでした。それはもったいないと考え、国土交通省京浜河川事務所田園調布出張所の助言で、川崎河川漁業協同組合から採捕の了解をもらい、タモ網を持って生き物調査の活動を行うようになりました。それから毎年少しずつ内容を変えながら多摩川を活用した取り組みを進めてきました。
当時のテーマは「多摩川で遊び学び、奉仕する」として1・2年生で石拾い、3・4年生で箱メガネで川の中を見たり、中州まで歩いて行ったり、5年生で川流れ体験、6年生で河川敷の清掃活動を行っていました。現在でも1年生から6年生までが多摩川に触れる活動を行うなど特色のある学校として地域に根付いています。目の前の下流域だけでなく、河口干潟を調べたり、上流を見学したりすることによって、単なる体験に終わらせず、比較や課題発見を行いながら活動しています。(牛島氏)
6年生では学習の集大成として、「私の多摩川研究」と題したレポートを作成します。これまでに学んできた内容を本の形式にまとめます。3年生と4年生での生き物調べが学習のベースとなり、5年生と6年生の2年間をかけて多摩川のことを深く学びます。例えば、水生昆虫の羽化のシーンを観察する児童一人一人が異なる課題を見つけながら、3年生から毎年学んできた内容を関連付けてまとめています。(篠先生)
多摩川学習のねらい
教育活動であるため、発達段階に応じて毎年リトライを続けながら活動しています。都市部で育った子供たちでも、この目の前の川が自然そのもので原体験を育む場です。このような体験をして育った子供たちは、多分河川敷でたばこの吸い殼は捨てない大人になるでしょう。将来他の地域に住んでもこの自然を忘れないでいて欲しいと思います。(篠先生)
子供たちの変容や教育効果
多摩川学習の特徴は、単年度で完結せず、複数年続くことです。自分で学習した事を毎年まとめたり、発信したりしながら、学年が上がるごとに深めていきます。下の学年は上級生の活動を見ています。次の学年で何をやるのか、子供たちは期待感を持って進級します。表現力や伝えることの工夫を凝らしながらレベルアップすることができます。こうした活動を行うことで他の教科の学習についても関心や意欲が高くなっていることを実感しています。子供たちの変容について綿密なアンケート調査を行い、分析をするという定量的な評価はしていませんが、こうした感覚評価も数が集まれば変容の根拠になると思っています。(篠先生)
川の学習を継続させるために
川の学習を継続させるには、学校単独の活動では難しい面があります。安全面では、保護者がとても協力的で川に入る時は、大勢サポートしてくれます。優れた河川教育を行っている学校は、地域の専門家の支援を受けています。魚・野鳥・植物、歴史、安全管理など、専門家の力を借りることができれば、教員の異動や生き物等に関する知識不足をカバーすることができます。幸いこの地域でも4年前に「うのき水辺の楽校」が発足して授業支援を始めました。私も教員はやめましたが、外から水辺の楽校のスタッフとして、多摩川活動を応援する側になっています。また、専門的な地域を持った方々の協力も得られるようになってきました。(牛島氏)
もう一つの要素は、若い世代が活動の輪に加わることで、教員や地域の励みになっています。今日(取材の日)は「うのき水辺の楽校」のガサガサ体験の日ですが、6年生が、川のリーダーとして、生き物の採り方や見分け方を教えています。また、嶺町小を卒業した中学生もボランティアで参加をしています。この子供たちは、川に詳しく、教え方も上手です。水辺環境は、安全に川と触れ合うための施設やルール作りも大切ですが、川の楽しみ方を知っている人を育てることも必要です。(牛島氏)
ほかにも、私たち教員自身が川を知る必要があります。教員が川を知った上で教材をつくる。それが生きた教材となり、子供が変わるようになります。教員が子供たちと一緒に生き生きと学ぶことが大切だと思います。(篠先生)
活動を行う資金や地域の理解、教員の熱意等の要因をうまく組み合わせていくことです。そして、水難事故が起きないように最善の準備を行い、安全を確保することが最も重要です。(牛島氏)
「つながり」のある川の学習
生き物調べは生き物の名前を覚えることが目的ではありません。ともすれば外部の講師が生き物の名前や生態について全部教えてしまい、次の学習につながらないことがあります。学習の面白さは、分からないことを自分で調べることにあります。指導者は、子供たちから疑問が出た時に、解決の方法を一緒に考え、行動することが大切です。
川の可能性は「つながり」だと思います。生き物同士のつながり、生き物と人とのつながり、歴史のつながり、地域のつながりなど、「つながり」を自分で発見し、探求することで学びの達成感が得られます。調べていく中で、子供だけでは解決できない「壁」にぶち当たります。自分で実験や観察を行って、検証する子供もいます。さらにそれが正しいかを埼玉県立川の博物館員に手紙を書いて問い合わせをしたりしました。また、発表が苦手な子供が、多摩川水辺の楽校のシンポジウムで発表者となり自信をつけたりもしました。川の活動は、多様で広がりがあり、つながりを生み出し、自己成長とって最適な教材の一つです。(牛島氏)
目の前の川が教材になるというのはとても有り難いことです。生きた教材を用いることで子供たちが目を輝かせて活動します。目の前の川がこの学校にとって必要な川です。この地域の資源を活用することで地元愛が育まれると思います。インターネットや本からでも「川の勉強」はできます。プリントアウトしたものや本に書いてあることをよく意味が分からないまま、見栄え良く発表することもできます。しかし、自分で体験したことや、身近な生き物や人に触れることで調べたり、考えたりしてこそ得られる学びというものもあると思います。(篠先生)
課題と目標
2020年度から小学校で全面実施される次期学習指導要領では、他教科に必要な時間が増えます。そのため現在総合的な学習の時間の内容もブラッシュアップし持続可能なものにして行く必要があります。
教員自身も、川の活動を何年も経験すれば、川の魅力を伝えるスキルや知識を持つようになりますが、赴任してきたばかりだとハードルが高いかもしれません。そうした教員にどう川の魅力や経験を伝えるかが、目下の課題です。子供と一緒の目線で川の面白さを伝えられる教員を増やしていくことが必要だと思います。(篠先生)
さらには、教材等も課題があります。子供たち自らが調べることが重要ですが、小学校3年生ぐらいの知識レベルで理解できる図鑑は多くありません。子供たちが使いやすいノウハウが詰まった教材の作成など、水辺の楽校として支援できることがあると思っています。(牛島氏)
今後の河川教育への期待
意外にも、子供の頃川で遊んだ経験をもつ他府県出身の学生によく出会います。川体験の増加により、川との上手な付き合い方の必要性が高まってくるでしょう。嶺町小の卒業生も、中学校・高校では部活などで一度は川からは離れるかもしれません。でも大学生や大人になった時、川体験の楽しい思い出は、自然を大切にする選択につながると思います。今の親世代が子供の頃は、河川の汚濁により川から離されていましたが、これから川で育った世代が親や教員になってきます。地域の保護者として学校を支援することもあるでしょう。日本全国に川という資源があります。これを地域や学校でうまく生かすことができれば、よりよい社会になっていくと思います。(牛島氏)
大田区立嶺町小学校での河川教育の取り組み
大田区立嶺町小学校は、多摩川から校舎までわずか200m。この恵まれたフィールドを有効に活用し、子供たちにとってより魅力的な教育活動にしていきたいと願い、校内研究に取り組んできました。 「多摩川での学習活動が、都会で暮らす子供たちにとっての自然の原体験になる。」「教師も多摩川から学び、子供たちと一緒に多摩川で様々な発見をし、それに感動し、共有する。」というテーマを掲げ、「多摩川から学ぶ活動」を継続して実施しています。
平成14年度からスタートさせたこの活動は、現在1年生から6年生まで全学年が「学びのスパイラル」を意識するカリキュラムへと発展しています。
(写真)採ってきた生き物を図鑑で調べる
(写真左)篠 政博 Masahiro SHINO
大田区立嶺町小学校 主任教諭
東京生まれ。青山学院大卒。東京都調布市の小学校で河川教育のおもしろさを知り、多摩川と出会う。2011年から嶺町小学校に勤務。2014・2015年度に研究推進委員長として、「多摩川から学ぶ」をテーマに多摩川のフィールドを活かしたカリキュラムをまとめた。2016年川に学ぶ体験活動全国大会in琵琶湖・流域圏、2017年河川教育研究交流会で、同校の取組を報告した。
(写真右)牛島 貞満 Sadamitsu USHIJIMA
元大田区立嶺町小学校教諭
現 うのき水辺の楽校 事務局
東京生まれ。玉川大学教育学部通信教育課程中退。1990年ごろから多摩川、荒川で合科的な川の学習に取り組む。2010年から今年の3月まで、嶺町小学校に勤務。退職してからも地域の「うのき水辺の楽校」の事務局を担当し、地域の小学校の多摩川活動の授業支援などを行う。