【河川基金からのお知らせ】
「人為的改変による生態系への影響評価」を軸に様々なテーマで挑み続ける若き研究者
2017/10/01
国立研究開発法人 土木研究所 自然共生研究センター 専門研究員 末吉 正尚 さん
大学時代の研究(若手研究者枠優秀成果賞「雪堆積場から融雪水が河川生態系に与える影響及び環境配慮型管理の効果検証」)
河川基金若手研究者枠で優秀成果賞を受賞。北海道大学大学院を卒業後、国立研究開発法人土木研究所 自然共生研究センターで、毎年新たなるテーマに取り組み続け、精力的に活動を行っている末吉正尚さん。今までの研究概要や成果、今後の活動内容や若手研究者へのエール、河川基金に期待することなど様々なことをお聞きしました。
河川基金に応募した経緯
基金に応募をしたのは、北海道大学大学院修士の時で、研究室の先輩がすでに助成を受けていたのがきっかけです。実は、受賞をさせて頂いた若手研究者枠が出来る以前に応募したこともあったのですが、研究計画の至らなさもあり残念ながら採択には至りませんでした。その後4年を経てちょうど学位を取得した年に若手研究者枠の存在を知り、学位後の進路を考える上で個人でも研究予算を獲得しておきたいと、前回とは違うテーマで応募しました。
主な研究内容
大学時代の研究が春の雪解け出水をテーマにしたものでした。冬季に調査地探索のため、雪深い道北を巡る中で、大きな雪山が山腹や河川敷に出来ているのを見かけ、雪堆積場の存在を知りました。その時は、これだけ大量の雪が一気に融けだすと川の水温や流量が変わりそうだなくらいの印象でした。また、生活する中で道路の雪に混じる融雪剤由来の塩で、自家用車の錆びつきも気になっていました。
その後、博士課程を修了し次のテーマを考えていた時に、その光景を思い出し雪堆積場の雪解けの影響を評価してみようと思ったのです。
札幌市は世界的にも類を見ない豪雪地帯に位置しながらも多くの人口を有する都市なので、市民の生活のためにも除排雪に対して非常に力を入れていました。例えば、年間約200億円弱(平成28年度)の予算が雪対策に投じられており、約1900万㎥(平成26年度)の雪が堆積場に運び込まれています。加えて、流雪溝や融雪槽といった都市の中で雪を処理する施設も整備され始めていました。
研究テーマも決まり調査地の選定も済み、調査を始めようとした頃、国立研究開発法人土木研究所に進路が決まりました。この調査は、毎日気温を確認しながら 雪解けにあわせて調査を行う必要があるため悩んでいたところ、当時の研究室の後輩である学生が卒業研究としてやってみたいということで、共同で研究を行い、成果を出すことが出来ました。
毎年新たなるテーマでの挑戦
平成27年度は雪処理という地方事業の評価、平成28年度は床固めブロックの表層構造による生態系機能の違い、平成29年度はダムによる様々な環境改変要因の相対的影響評価と毎回テーマを変えて河川基金に応募していますが、軸となるのはいずれも「人為的改変による生態系への影響評価」です。
何をテーマにするにしても国内または世界的に新規性があり、自分が興味を持てる研究を選ぶように心掛けています。平成29年度の募集要項では、「自然科学で求められる真理の探究」が必要条件であることも記載されており、特にこの部分は研究者として大事だと考えています。私がずっと抱き続けている興味は、自然撹乱と人為的改変による生態系の変化です。そのため、環境が大きく変わった際に、生物はどうやって生き延びているのか、なぜ現在その環境にその生物は生息しているのかといったことを明らかにしようと取り組んできました。
応募する際には、基金が掲げている成果「川づくり」をキーワードに実際に河川で起きていることや、周囲の人達の関わりの中からテーマを模索しています。
研究者を志したきっかけ
具体的に研究者を意識したのは、修士2年の初めごろでした。もともと、子供のころから周囲に田んぼや山がたくさんある様な場所で過ごしたこともあり、生き物がたくさんいる自然が私の原風景として刻まれています。小中学校の時は、漠然と生物に関わる職に就きたいと思っていました。その後、信州大学に進学し、卒業研究を終えた時に、自分が疑問に思っていたことが世界的にも解明されていないことを知り、もっと研究を深めたいと北海道大大学院に進みました。博士課程も過ごした研究室ですが、今まで自分が抱いた疑問に対し、自分で研究デザインを考え、調査計画を練り、実際に調査し、そして自ら予想した調査結果が得られた時の達成感が、漠然とした研究者としての将来を示してくれました。
博士課程を終え、研究者の道へ
研究者としてスタートしていく中で、土木研究所 自然共生研究センターは、信州大学の頃からセンターの方々も含め知っておりました。当時の指導教員が知り合いだったこともあり、一緒に調査に行ったこともあります。その当時のセンターの印象は、多くの研究者が河川で起きている問題に対して学術的にしっかり取り組み、論文を書いている研究集団という、憧れの職場でもありましたので、学位をとり少し経った頃に専門研究員の公募が出ていることを知り応募しました。
センターで今私が取り組んでいる研究は、ダムによる分断化が魚類の個体群維持に与える影響評価というテーマです。現在の日本には、約2800基の大ダム(堤高15m以上)と膨大な堰が存在し、川を細かい流路へと分断しています。このような分断化されてしまった川で、各魚種が生息・生存するためにどれだけの川の長さや面積が必要か明らかにすることが研究の目的です。主に、河川水辺の国勢調査データを整理し、全国のダム上流の魚類相を比較するデータ解析と、木曽三川を対象とした現地調査からこの課題に対して取り組んでいます。
今後の抱負や取り組みたいテーマ
河川基金の河川財団賞や奨励賞などの表彰は研究者の一つの目標として励みになります。そのためにも、河川基金での助成成果をしっかり公表していきたいです。
今後のテーマとしては、自然撹乱に絡む研究は続けていきたいと思っています。将来的な気候変動下では、雪解け出水が小さくなり、冬の洪水頻度が多くなることが予想されています。本来、生物相はその地域の撹乱システムに適応して成り立っており、中でも撹乱の季節性は非常に重要な要素です。その季節性が変化したときに、生物たちがどう応答していくか予測することが固有の生物多様性を保全するうえでも重要だと思っています。
若手研究者助成枠を積極的に活かしてほしい
学生や研究者を目指す方々にとって、河川基金の若手研究者への助成は、一つの研究を立案し、成し遂げる機会として非常にいいチャンスだと思います。その際には、全てを一人で行わず、周囲の研究者、様々な異分野の方、また同年代と協力して進めることもいいと思います。私の助成研究も様々な方々の繋がりにより、自分の視野が広がり新たな研究テーマへの気づきやひらめきに繋がっています。
若手研究者枠は始まったばかりでもあるので、もっと若手研究者を奨励していることをアピールして頂き、たくさんの修士、博士の学生に応募してもらいたいですね。将来の研究者育成のためにも非常に良い枠組みだと思いますので、今後もずっと続けて頂きたいです。
国立研究開発法人 土木研究所 自然共生研究センターにおける取り組み
自然共生研究センターは、河川湖沼の自然環境保全・復元のための基礎的・応用的研究を行い、その結果を広く普及することを目的としています。
1998年11月の設立以来、世界に例を見ないスケールの実験河川を中心に、これまで十分に知られていなかった生物と環境の関わりについての研究を進めており、研究の成果は、近年現場の河川管理で活用されています。
また、開かれた研究施設として見学者も受け入れており、研究スタッフが施設を案内しながら施設概要や実験河川の説明を行っています。平日の火・金曜日のみで、事前予約(2週間前まで)が必要です。
末吉 正尚 Masanao SUEYOSHI
国立研究開発法人 土木研究所 自然共生研究センター 専門研究員
1986年生まれ
信州大学では自然の千曲川をフィールドに、自然の洪水という攪乱撹乱が水生昆虫に与える影響、雪融け洪水をテーマに学位を取得に研究を始める。
北海道大学大学院修士・博士課程に進学をし、河川生態学を専攻。雪解け洪水と農地利用による生息場改変の相互作用をテーマに学位を取得。
現職では、ダムによって分断された河川の魚類個体群維持に関するテーマで研究を行っている。
職歴
2010年 北海道大学グローバルCOEリサーチアシスタント
2012年 ドイツ陸水学内水面漁業ライブニッツ研究所(IGB) 客員研究員
2014年 北海道大学所属学術研究員
2015年5月より国立研究開発法人 土木研究所 自然共生研究センター 専門研究員
主な執筆論文
Sueyoshi et al. (2017) 「Response of aquatic insects along gradients of
agricultural development and flood magnitude in northern Japanese streams」
(Aquatic Sciences)
末吉ほか(2016)「河川水辺の国勢調査を保全に活かす―データがもつ課題と研究例」(保全生態学研究)
Sueyoshi et al. (2014) 「The relative contributions of refugium types to the
persistence of benthic invertebrates in a seasonal snowmelt flood」
(Freshwater Biology)