【河川基金からのお知らせ】

河川財団奨励賞受賞研究-陸と海をつなぎ沿岸水産業の持続に向けた新たな知見-

2017/04/24 事例紹介

岡山大学大学院環境生命科学研究科 特任助教 齋藤 光代 さん

愛媛県西条市を流れる加茂川の河口干潟。古くから青海苔の産地として有名
 
平成27年度の「河川財団奨励賞」を受賞した岡山大学大学院環境生命科学研究科 特任助教 齋藤 光代さんに、今回の受賞対象となった研究の概要や成果、河川基金への期待、今後の様々な活動への抱負などをお聞きしました。(河川財団奨励賞は、河川基金助成を受けた研究者のうち、今後の活躍が期待される優秀な若手研究者を表彰するものです。)

近年瀬戸内海では海苔などの水産物の不作が深刻な問題となっています。その原因の一つとして、下水道が整備されるなど、陸からの栄養塩負荷が少なくなっているのではないかという点に着目し、現地調査や漁業関係者などからの情報収集を行い、その要因やメカニズムを明らかにしようとした研究です。
齋藤先生は従来の陸水・水文学の枠組みを超えて海洋学との境界分野に踏み込み、新たな知見を提案した点が評価されました。
 

海と陸をつなぐ研究


 学生時代は広島大学に所属し、カンキツの栽培が盛んな瀬戸内海の島やアジア(中国、インドネシア、タイなど)の沿岸部を対象に、河川水や地下水による沿岸域への栄養塩類の輸送をテーマに研究を行っていました。そのため、元々陸の水が海の環境へ及ぼす影響には着目していましたが、大学院卒業後にポスドク(博士研究員)として愛媛大学沿岸環境科学研究センターに赴任してからは、海洋学関連の様々な専門家が独自の視点で研究を展開されている中で、私自身は陸水・水文学というバックグラウンドを活かし、陸と海をつなぐような立場で研究がしたいと一層強く思うようになりました。

 瀬戸内海は漁業や海苔の養殖などの水産業が盛んな地域で、今回研究の対象とした愛媛県西条市を流れる加茂川の河口干潟も、古くから青海苔の産地として有名です(右頁写真)。ところがその生産量は年々減っているとされ、その原因を明らかにしたいと考えました。
 加茂川は少し特殊な川で、川の水が河口まで到達しないことがあります。それは伏流(伏没)という川の水が地下へ浸み込んでしまう現象によるもので、特に渇水時など水が少ない時には目に見える水の流れとしては河口までたどり着かないことがあるのです。調べてみると、近年加茂川の水が河口まで到達しない日数が徐々に増えていることがわかりました。そこで海苔の生育に必要な窒素やリンなどの栄養塩が川から海へ十分に供給されていないことが原因ではないかと考え、その因果関係の検証を試みました。

 愛媛県、西条市および西条市漁業協同組合より提供していただいた加茂川とその沿岸海域および海苔養殖に関する最近約40年間に及ぶデータを整理した結果、海苔の生産量は1973年以降減少しており、最近10年間は特に少なくなっていました。また、この間に沿岸海水中のリン濃度が顕著に低下していることが明らかになりました。リンは懸濁粒子に吸着されやすい性質を持つため、加茂川の流量の減少および海域への到達率の低下が海域へのリン供給量の減少を招いている可能性があります。従来の多くの研究では、海苔の不作や色落ちの原因物質として窒素が取り上げられることがほとんどでした。窒素が不足すると海苔が茶色や黄土色になる「色落ち」が発生し、商品価値が低下してしまうためです。ところが、西条市沿岸の青海苔の生産量変化には、リンも強く影響している可能性が明らかになりました。
 

目には見えない地下水の影響


加茂川の水はそのまま海へ到達しにくい反面、地下へ浸透し豊富な地下水帯を形成しています。また、私達のこれまでの調査で西条市沿岸における海底湧水(地下水が海底から湧き出す現象)の存在も確認され、地元の漁業関係者から「干潟を歩いていると海苔が良く収穫できるところは足元(海底)が冷たい」というお話も伺いました。一般に、海苔の養殖が盛んなのは有明海のような閉鎖性の高い海域に川からの栄養塩が多く流入するような環境であるため、加茂川河口のように、川から海への流れが頻繁に途切れるような場所においては、このような地下水を介した栄養塩の供給が海苔の生育を支えてきたという仮説も考えられます。そのため、今後の沿岸域の栄養塩管理や持続可能な水産業への対策を考えていくうえでは、河川以外にも、地下水や海底堆積物、さらには沖合海域からの影響を複合的に評価する必要があることがわかりました。地下水や堆積物に関する研究は、岡山大学に籍を置く事になってからも愛媛大学と協働して進めているところです。
 

学問領域の横断から見えてくること


 西条市と同じく瀬戸内海に面する岡山県備前市には、海草の一種であるアマモが沿岸に密集する「藻場」が形成されているエリアがあり、現在はその藻場の生態系と陸水(地下水、河川水)との関係に着目した研究も行っています。藻場は食物連鎖における一次生産者として、光合成による二酸化炭素の吸収だけでなく、魚の産卵場や隠れ場としての機能が注目されています。藻場の生育に重要な要因の一つが水温で、30度以上になるとダメージを受けると言われています。その点、地下水は水温が年間を通じて比較的安定しており、さらに豊富な栄養塩を含むことから、海底湧水が藻場の生育にとってプラスに働いている可能性があると考えています。

 私は元々陸水・水文学を専門に研究をしており、幸運にも海洋学の分野に足を踏み入れる機会を得てわずかながらも学問領域を横断することができたと思っています。それからは、陸水の持つ水資源としての役割に加え、陸と海の物質循環と生態系をつなぐというもう一つの重要な役割にも着目して研究を行っています。
 

進路を決めた原体験


 子供の頃は、川や池といった水辺や水族館など水の流れを感じられる場所が好きで、釣りが好きな父と一緒に渓流へ出かけたこともありました。このように、子供の頃から漠然と水という物質や水環境に興味を持っていましたが、大学進学を決めるため自分が本当に興味のあることを掘り下げた際に、そういった子供の頃の原体験がよみがえってきました。また、ちょうどその頃に見たテレビのCМで、水環境を扱う女性研究者が子供と川辺を歩くシーンがあり、水に関係する仕事に就きたいと考えるきっかけになりました。今こうして水環境を扱う科学の道を歩めていることを、とても幸せに思っています。
 

今後の抱負


 河川基金は、河川に関する研究のみを助成の対象としているような印象を受けますが、私が採択していただいた内容のように海域や地下水に関係する研究も十分その対象になるように思います。特に若手の研究者にとっては、こういった財団の助成金に応募することは良い申請書を書くためのトレーニングになりますし、自分の研究をいかに社会に還元できるかという視点で頭の中を整理する良い機会にもなると思います。私自身も、近いうちにまた応募させていただきたいと思います。
 今回の研究を進めるにあたり、共同研究者や対象地域の方々の多大なるご協力をいただきました。そのため、得られた結果を引き続き研究論文として発表していくことに加え、公開ワークショップなどを通じて地元に発信し、できる限りフィードバックしていければと考えています。教育面では、大学で環境水理学などの講義を担当していますが、たまに高校生を対象に講義をする機会もあります。水の大切さや面白さを、できるだけ多くの観点から若い人々に伝えていきたいと思います。また、最近は海外を対象とした研究にも関わる機会が増えてきたので、これまでの経験を土台により幅広い視野を持って取り組んでいきたいと思います。
 最後に、本研究に助成いただいた河川財団の皆様、顧問の先生方に心より感謝いたします。表彰いただいた研究成果は、大学院の恩師である広島大学の小野寺真一先生と研究室の方々、共同研究者である西条市の徳増実さんと一緒に作り上げたものであり、この場をお借りして深く御礼申し上げます。本表彰を励みにして、今後も河川環境およびそれを取り巻く境界分野の研究の発展に貢献していきたいと思います。




 
岡山大学大学院環境生命科学研究科 特任助教 齋藤 光代先生の取組み

瀬戸内海では近年養殖海苔の不作が深刻化しており、その一因として河川からの栄養塩供給量の減少が指摘されています。そこで齋藤先生の研究では、全国有数の青海苔の漁場である愛媛県加茂川河口干潟に対する、洪水時を含めた最近数十年間の栄養塩供給量変化を推定し、それに及ぼす河川水伏没およびダム建設の影響評価を行い、それらの結果から陸−海を通じた健全な水・栄養塩循環構築のための河川・ダム管理への提言を行っています。

齋藤 光代 Mitsuyo SAITO

岡山大学大学院環境生命科学研究科 特任助教 博士(学術)

1980年 佐賀県生まれ
2003年3月 広島大学総合科学部総合科学科 卒業
2005年4月~2008年3月 広島大学大学院生物圏科学研究科 日本学術振興会特別研究員(DC1)
2008年3月 広島大学大学院生物圏科学研究科 博士後期課程修了
2008年4月~2011年3月 愛媛大学沿岸環境科学研究センター 研究員
2011年4月~2013年3月 同センター 日本学術振興会特別研究員(PD)
2013年4月より現職

主な受賞
2010年度 日本陸水学会 吉村賞、2015年度 クリタ水・環境科学 研究優秀賞

主な著書・論文
「陸域の地形と地下水流動に基づく海底湧水の評価(書籍名;地下水・湧水を介した陸ー海のつながりと人間社会)」(共著 恒星社厚生閣 2017年)、「沿岸地下水流出域におけるリン動態」(共著 国際環境研究協会 2015年)

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