【河川基金からのお知らせ】
河川財団奨励賞受賞研究-イタセンパラを郷土の宝として次世代へ-
2016/09/23
富山県氷見市教育委員会 主任学芸員 西尾 正輝 さん
国指定天然記念物(文化庁)・国内希少野生動植物種(環境省)に登録されている『イタセンパラ』
平成27年度の「河川財団奨励賞」を受賞した富山県氷見市教育委員会の主任学芸員である西尾正輝さんに、今回の受賞対象となった研究の概要や成果、河川基金への期待、同年代の若手研究者へのメッセージ、今後の様々な活動への抱負などをお聞きしました。(河川財団奨励賞は、河川基金助成を受けた研究者のうち、今後の活躍が期待される優秀な若手研究者を表彰するものです。)
淡水魚の研究から天然記念物保護へ
大学では淡水魚の研究をしましたが、卒業後は大学で得た知識を活かそうと富山県氷見市に赴任し、13年間に渡って天然記念物保護を担当しています。
市町村の教育委員会には、文化財の保存・活用に関わる業務を行う専門職員として「学芸員」という職種があります。私は、氷見市教育委員会の学芸員として、国指定天然記念物(文化庁)・国内希少野生動植物種(環境省)に登録されている『イタセンパラ』(写真)の保護に力を入れています。現在、天然記念物であるイタセンパラの安定的な生息が確認される場所は氷見市の万尾川に限られています。イタセンパラを生態系の重要な構成要素としてだけでなく、人間の活動によって生み出された歴史的、文化的価値の高いものとして、恒久的に本種を次世代へ引き継ぐための方策の提言や、健全に種を保存する保護池の管理・運用の取り組みなどを行っています。
「治水」「利水」「環境」の3つの概念を合わせて
河川基金に申請したのは、市役所の建設課で打合せをしている時に、基金の募集ポスターを何気なく目にしたのがきっかけでした。建設課といえば、治水や利水の分野を担当していますが、河川法には「環境」という項目があります。これは、イタセンパラを「環境」として見た場合に、イタセンパラが生息する河川である万尾川の利用形態が、治水(防火用水)・利水(農業用水)であることから、この3つの概念を合わせた研究ができるのでは?と思い申請しました。それまで助成金を得たことがなかったのですが、河川基金に若手研究者への助成枠が新設され、35歳の上限年齢に対して、私の初年度の申請年齢が32歳だったということもギリギリ3年計画に入るタイミングと上手く合致したといえます。
私は、3年間続けて研究部門で助成をいただきましたが、河川基金は、研究だけでなく子どもと川を繋げる活動に力を入れている点が素晴らしいと思います。
私も普及啓発の一環として、小学校や親子で河川に入って魚を捕まえる体験学習をしています。残念なことに、小学生の保護者や学校の先生は、川での遊び方や魚の捕り方を知らないのが現状です。「川は危ないから入ってはいけない」という偏った考えを生み、子ども達をどんどん川から遠ざけてしまうことになっています。子どもたちは川に入ると、「自分で魚が捕れる」という成果に喜びます。そして、もっと川や魚を知りたい・学びたいという意欲が沸いてきます。親子で川に親しむ活動や小学校での総合的な学習に「川」という本来身近にあるレクリエーションの場を活用しない手はないと思います。
人と天然記念物の結びつきを実証
河川財団奨励賞の受賞については、これまで未解明であったイタセンパラの基礎生態である生活史や繁殖生態を明らかにしただけではなく、その利用環境として、地域住民の稲作による水位変動が重要であることを明らかにした点を評価されたのではないかと思っています。
イタセンパラの基礎生態を明らかにするために、1,285個体のイタセンパラの体長を分析したところ、①イタセンパラは3ケ月で急成長(6月に体長約1㎝から9月に体長約6㎝に成長)し、9月に成長が止まり産卵すること。②産卵後には、親魚が確認されないため、寿命は1年程度であること。③産卵場所として、「二枚貝の豊富さ」、「25㎝から33㎝の水深」および「土手のヨシなどの雑草」が重要であること。の3点を提示しました。特に、水田用水路として利用されている万尾川において、灌漑期から非灌漑期の水位低下に伴って形成される浅場(25~33㎝の水深)が、イタセンパラの産卵期(9~10月)における大型肉食魚やサギ類からの捕食者回避を可能にしていることはイタセンパラを保全する上での貴重な知見となりました。このように水田の水管理がイタセンパラに好適な環境であることを明らかにしたことは、人と天然記念物の結びつきを実証したことになると思います。これらの一連の成果は、イタセンパラの重要な新知見として、Journal of Fish Biology(イギリス水産学会誌)に掲載されました。
子どもたちの川離れの改善に
河川基金は研究者・川づくり団体・学校と3部門に分けて幅広く助成しており、各分野の方々にとって応募しやすくなっていると思います。研究者は科研費や民間助成金等を、そして川に関わる団体は河川基金や他の助成機関による助成金を必死で探しますが、意外と学校や幼稚園・保育園は使える予算が少ないにも関わらず、このような民間助成金を探しません。これは、各学校や幼稚園・保育園を対象とした助成制度が十分に周知されていないことと、川で行う体験活動や教育として「何をすれば良いのか分からない」ことが原因だと思います。近年、全国各地にある水族館では「出前講座」「出張水族館」など、専門の学芸員を小学校や幼稚園・保育園に出張させ、園児と川・水・魚に触れ合う機会を提供しています。このような活動にも幅広く助成することで、子どもの川離れの改善に一役買うのではないかと思います。私もイタセンパラ研究展示施設である「ひみラボ水族館」の管理運営を通して、小学校や地域の方々や民間団体の方と河川教育を実施しています。子ども達が川で学ぶべきことは多く、この活動が広がっていくことで川への興味や関心は増していくものと思われます。
異分野の視点からのアドバイス
過去の助成者をみると、大学の教授や研究機関の方々がほとんどでしたが、若手枠なら、もしかすると採択されるかもしれないと思いエントリーしました。応募書類もそれほど多くないので、助成経験のない方は、一度応募してみると良いと思います。このような助成金申請をすることは、自身の研究を対外的にアピールする場としても役に立ちます。また、申請書をどのように書けば、審査員に自身の研究の重要性をアピールできるかということを学習する場にもなります。できあがった申請書はすぐに申請することなく、2~3日後に読み直すことや、自身の研究を全く知らない友人や異分野の研究者に読んでもらうことを強くお勧めします。違った視点からのアドバイスは助成金獲得への近道だと思います。
郷土の宝として次世代へ
これまでの研究で、イタセンパラの生活史の解明や、好適環境を維持する要因が「水田およびその管理」であることを科学的に証明できました。今後は、得られた成果を地域に還元することが大切だと考えています。例えば、イタセンパラを河川で維持していくためには、万尾川周辺での稲作を継続してもらう必要があります。そのため、万尾地区で収穫される米を「万尾イタセンパラ米」で商標登録してもらいました。収穫される米を地域ブランドとして登録することで、稲作の安定した継続にも繋がります。万尾イタセンパラ米の販路拡大などを視野に入れながら、イタセンパラと稲作という人間活動が共存していける体制を構築していく必要があると考えています。また、これまで研究者が主体で実施しているイタセンパラ調査を、市民参加の活動にシフトしていくことも重要です。市民のイタセンパラ保護意識を向上させるために、環境保護の担い手である子どもやその親に「イタセンパラ守り人」として登録してもらう制度を設けています。これらの多角的な活動を通して、イタセンパラを貴重な「郷土の宝」として次世代に引き継ぐための活動を継続したいと考えています。
今後の抱負
本研究から明らかとなった、水田の水管理がイタセンパラの好適環境を醸成しているという点は、二次的自然における人と生物の結びつきの重要性を実証するものであり、まさに天然記念物の指定目的に合致したものであるといえます。今回明らかになった成果は、日本の農業として最も一般的な「稲作」が河川生物を保護するという貴重な情報を提示しています。今後の目標として、河川基金で助成いただいた3か年の成果を新たに科学論文としてまとめ、その成果を広く社会に公表することが重要だと考えています。
最後に、本研究に助成いただいた河川財団の皆様に心より感謝いたします。表彰された研究成果は、大学院の恩師である山崎裕治先生、文化庁記念物課の江戸謙顕先生、共同研究者の川上僚介さん、川本朋慶さんと一緒に作り上げたものであり、この場をお借りして深く御礼申し上げます。来年度は、「研究者」部門ではなく、「川づくり団体」部門で、河川と子どもをつなぐ活動に応募したいと思っています。
西尾 正輝 Masaki NISHI0
富山県氷見市教育委員会 主任学芸員。博士(理学)
1980年大阪府高槻市生まれ。2003年3月近畿大学農学部水産学科卒業。2003年5月氷見市教育委員会嘱託職員。2005年4月より氷見市教育委員会学芸員。2016年富山大学大学院理工学教育部博士後期課程修了 2004年とやま環境賞優秀活動賞。2009年日本水大賞奨励賞。主な著書・論文に「絶体絶命の淡水魚イタセンパラ 希少種と川の再生に向けて」(共著 東海大学出版会 2011)、「富山県氷見市万尾川に生息するイタセンパラの出現パタンと産卵場所」(責任著者 魚類学雑誌 2012)