【河川基金からのお知らせ】

魚類生息調査およびかつての淡水魚食文化をとおして小学生を川へ戻す活動

氷見淡水魚食文化研究会
西尾 正輝 さん

 

 富山県氷見市は、富山湾に面し、新鮮な海の幸が有名ですが、二級河川が多く、昭和初期まで淡水魚漁が盛んで、フナやナマズなどの川魚も郷土食としてよく食べられていた地域でもあります。「氷見淡水魚食文化研究会」は、地元に生息している国の天然記念物・イタセンパラという希少な淡水魚を知ってもらうと同時に、郷土に残る淡水魚の食文化にも焦点を当て、市内小学校の河川教育のサポートを行っています。代表を務める西尾正輝さんにお話を伺いました。

設立の趣旨

 氷見市の教育委員会の学芸員として、国指定天然記念物(文化庁)・国内希少野生動植物種(環境省)に登録されている「イタセンパラ」の保護を20年ほど前から担当しているのですが、これを食害するオオクチバスやカムルチーなどの外来魚を駆除するだけでなく、食べることで有効利用ができないかと考えたのが、団体を設立したきっかけです。
 氷見は富山湾に面し、キトキト(新鮮)な海の幸が全国的にも有名ですが、その昔、十二町潟という汽水湖では淡水魚漁が非常に盛んで、江戸時代には、そこで捕れるフナやナマズなどの淡水魚は御用魚として殿様に献上されていたという記録も残っています。昭和に入ると、淡水魚漁は激減してしまいますが、今でも十二町地区では、コイのあらいやマハゼの天ぷら、小ブナのみそだれ焼きなど、淡水魚の食文化が残っていて、カムルチーも昔は食べられていたそうです。それならば、川を守る活動の切り口の一つとして、淡水魚食文化という視点もあるのではと思ったのです。
 富山大学理学部と連携して約30種類の淡水魚を展示している無料の水族館「ひみラボ水族館」を拠点に、そこを管理しているNPO法人Bioクラブと連携して、初めは道の駅などで淡水魚を試食していただき、おいしいかどうかを5段階評価でアンケートをとったりしてさまざまなレシピを試しました。私は研究者としても河川財団から助成金をいただいていたのですが、川を守るには、研究者だけではダメなんです。地域の方々の協力なしには無理なので、研究したことをできるだけ一般化して地域の方々に分かってもらう必要があります。そういう活動を小学生にも理解してもらうために、河川学習のための道具を揃えたいと思い、助成金に応募させていただきました。おかげで、1クラス全員が一度に川に入れるくらいの道具を揃えることができました。
 2015年に「河川への興味関心・愛着と居住意識の間には有意な正の相関がある(『水環境学会年会講演要旨集』より)」という報告が学会で発表されましたが、川に愛着がある人は、たとえば東京へ行っても、結局地元に戻ってくる傾向にあるということなので、河川活動などで川に親しんでもらうことで、地方創生という観点においても寄与できると嬉しいですね。人と川の縁が少なくなっている今、希少種だけでなく、普通種と言われるフナやナマズなどにも目を向け、昔のように川に入って魚を捕り食べてもらうというところに力を入れて活動しています。

学校に負担をかけずカリキュラムに合わせる

 河川学習を行うにあたって注意していることは、先生に負担をかけないということです。これまで学校側は、河川教育をしたくても道具もないし、やり方もわからないのでできなかったわけです。我々は研究活動で川に入り魚を捕っているので、川のどこから入ってどのような河川学習ができるのか分かりますが、先生方はそうはいきません。道具の準備や片付けなども全てこちらで行いますし、事前にロケハンをきっちりやっておいて、川のどこでどんな学習ができるかも調べておきます。どんな活動をするかは、学年によって変わってくるので、教科書もしっかり目を通して、どのカリキュラムでどういう河川活動が可能か先生と相談することもあります。学年によって内容も変わってきます。たとえば、2年生の教科書では、ザリガニは水辺の友だちとして出てくるので、外来種だから駆除するということとはそぐわなくなります。2年生のうちはザリガニは友だちでいいんです。ブラックバスも川に住んでいる魚というだけでいいと思うんです。5年生になるとメダカやプランクトンが出てきて、食物連鎖についても学びますから、氷見に生息するキタノメダカが絶滅危惧種でむやみに捕ってはいけないことや、ブラックバスはほかの生きものに影響を与える外来種で川には戻せないから、捕ったら食べればいいという話ができます。実際にブラックバスのフライをつくってもらい試食も行います。ブラックバスは見た目は怖いのですが、フライにすると非常においしいので、食べたらおいしいんだと実感してもらうことも重要な活動の一つだと思っています。河川学習のあとも、学習発表会などに参加して、自分の校区にはどんな魚がいるのか、春と秋でどう違うかなど、授業として川への理解を深めるサポートも行います。食文化についても、滋賀県で食べられている淡水魚のモロコの南蛮漬けを氷見の学校給食でも出していただき、その魚が学校の近くの川に住んでいることを伝え、実際に川でタモロコを捕獲してみるといった活動も行いました。
 実は、以前の教科書には、外来種としてマングースが紹介されていたのですが、教科書改訂のときに、氷見でこういう活動をしていると説明したら、富山県の教科書ではイタセンパラとブラックバスを掲載してくれたので、授業の一環としてより河川学習を利用しやすくなったと思います。
 夏休み中には、教員向けの研修会も行います。今の先生たちは川に入った経験がなく、川の入り方や魚の捕り方を知らないので、ひみラボ水族館に来ていただき、魚の説明をした上で、川に実際にその魚を捕りに行ったりして、先生方にも理解を深めていただいています。先生方の理解が深まると河川学習の中身も濃いものになると思うので、そういう先生がもっと増えるようにしていきたいですね。

川に興味を持つ子どもが一人でも多くなれば

 今、研究と河川学習の両方に携わっていますが、河川学習で子どもたちの表情が変わるのを見るとやっぱり楽しいですね。今まで川が好きじゃなかったという子が、また行きたいとか、次はいつ川に入れるのかと聞いてくると、こちらも次の機会が楽しみですし、大きくなったときに、一人でも川への活動に興味を持ってくれたり、活動に参加してくれるようになると嬉しいです。実際に、子どものころに河川学習をした子が高校生になってひみラボ水族館へインターンシップとして来たり、水産系の大学に進んだという話を聞くと、これまでの活動が間違っていなかったんだなと思います。以前は参加する側だった子が、今は指導する側に回っているのをみて、こういう子をもっと増やしていければと思っています。

今後取り組みたい研究やテーマ

 小学校の河川学習のサポートはこのまま続けていきますが、氷見は観光地でもあるのでもっと幅を広げて、県外から来る観光客の方々にも、天然記念物であるイタセンパラについて知ってもらい、川の良さを理解してもらえるようなツアーができないかと考えています。実は河川財団の成果発表会を通じて知り合った観光社会学がご専門の法政大学の野田先生とタッグを組んで、アクアツーリズムを企画中です。イタセンパラは9 月ごろに産卵期を迎えますが、オスの腹部が鮮やかな赤紫色になりとてもきれいなのです。川の中のイタセンパラを見るのは困難なので、生息している万尾川や保護池にQR コードを掲示しておき、スマホで読み込んでもらうとイタセンパラが泳いでいる映像が見られたり、公民館などで昔の食文化について紹介し、実際に郷土料理のコイのあらいやおみそ汁などを食べてもらったりと、川を通じて楽しめるプランを検討しています。
 また、オニバスの再生事業も行っており、こちらも河川財団を通じて知り合った富山県立大学の呉先生に、河川工学の面からアドバイスをいただくことができました。川という大きなくくりで多種多様な活動をされている方と知り合える河川財団の成果発表会は、私にとって研究や活動の可能性の幅を広げる好機となっています。

 

氷見淡水魚食文化研究会 代表
富山県氷見市教育委員会 主任学芸員

西尾 正輝 さん

大阪府高槻市出身。氷見市教育委員会の学芸員として希少淡水魚イタセンパラの保護に携わっており、平成27年度には、河川基金 研究者・研究機関部門で河川財団奨励賞を受賞。富山大学理学部やNPO 法人 Bioクラブと連携した「ひみラボ水族館」の運営や、水管理とイタセンパラ保護が一体となった暮らしを観光資源とした「氷見イタセンパラアクアツーリズム」など、人と河川をつなぐ活動を行っている。

ページトップへ