【河川基金からのお知らせ】

普通河川流域における地先の安全度評価及び耕作放棄水田を活用した地域住民主導の流域治水手法の構築

神戸市立工業高等専門学校 今井洋太さん(兵庫県)

兵庫県豊中市にある普通河川、田結川(たいがわ)の流域では、地域の住民が簡便な止水板などの用具を使って独自に河川管理をしています。こうした普通河川の管理手法に関する研究は今はまだ数多くはありません。この田結川を対象に、流域の耕作放棄された水田が持つ洪水緩和機能などを研究・評価した神戸市立工業高等専門学校の今井洋太先生にお話を伺いました。

田結川流域の様子(写真の平地はかつては水田であったが、現在は全て耕作放棄されている)

耕作放棄地で水の流れをコントロール

研究対象とした兵庫県北部、豊岡市の田結川流域は2・4平方キロメートルの非常に小さい流域です。流域はほとんど山地山林で、その谷部分に川が流れています。そこではかつては水田で耕作がされていましたが、今は高齢化等々で使われなくなって耕作放棄されているという状況です。田結川は日本海に流れ込んでいて、ちょうど日本海に接する河口のところに集落がまとまってあります。川がその集落の中を通っていくというような特徴になっています。

田結川は、本川2キロ程度の普通河川です。川幅は場所によってちょっと変わりますが、集落のあるところでだいたい平均4メートル。耕作放棄地、かつて農地だった周辺では2・5メートルくらいなので、人が飛び越えようと思えば飛び越えられる程度です。非常に川幅の狭い小さな川です。

集落に住んでいる方は2015年時点の統計データでは140名ほどで、漁業を営まれている方もいます

が、集落自体がかなり高齢化していますのでリタイアされた方がほとんどです。一部の若い方は地域外へ働きに出ているようです。小学校などもこの集落の中にはなく、少し離れたところにあるというところです。農地などはほぼ耕作放棄されていて、耕作放棄水田というかたちでまとまった場所にあります。今はNPOや、環境活動をして

いる県内の団体、大学のサークルなどいろいろな団体が不定期にこの場所に

来て、耕作放棄地の環境保全をしたり、地元の子どもたちに環境学習をしたりと活動の場としています。田結川流域にときどきコウノトリが来るということがいちばん大きい理由かと思います

が、非常に小さい川なので、子どもが普通に川を歩いていくことができたり、カニなどのいろいろな水生動物も比較的捕まえやすかったりするので、そういう環境活動の場として使われるのでしょう。正確な数は把握できていませんが、そうした団体の2、3がちょっとずつ入っているという感じです。集落のちょっと上流の方に耕作放棄地がまとまってあるのですが、その耕作放棄地の横に山沿いに道路が通っています。耕作放棄地にたまった水が道路から越水して住宅の前に水が溢れたりします。道路の劣化も随所にみられ、その出水のときに道路の横や石垣をえぐって、そういうところがぽろぽろ崩れていっているので、地域住民の方は家への浸水被害防止というよりは、インフラを劣化から守るということで、近くの耕作放棄地の横の道路になるべく水が行かないように、放棄地内で水の流れをコントロールしたいというところでしょう。プラスチックの板などを放棄地の中に入れて、水をなるべく川の真ん中の方に行くようにして、山沿いの道路には水が行かないようにしています。

田結川下流域の概要(今井ほか2020 より引用)

地域の方が困ったときに何か根拠を示せるといい

私が田結川流域に着目したきっかけは県内の大学から共同研究のお誘いをいただいたことでした。私自身が湿地の調査をしていたり、今回の研究の水の流れの解析を別の場所でやっていたということもあって協力させていただいています。

着目した理由はいくつかあって、今、耕作放棄地を遊水地として活用しようとしていますが、その面積が流域の規模(流域面積2・6平方キロメートル)に対して大きい(耕作放棄水田約0・2平方キロメートル)ことがひとつです。この地域の特徴です。流域の中に遊水地をつくっているところは日本全国にたくさ

んありますが、効果はもちろんあるものの、規模の問題もあって、ダイレクトに劇的に効く設備というのはなかなか難しかったりします。田結川流域くらい小さい流域で、その谷底一帯が農地で、そこが遊水地として使えるとすると、流域の規模に対してかなり大きい面積を遊水地として確保できる可能

性があり、効果が大きいと考えられます。今は分析途中ですが、そのような事例ができれば、流域があって小さい川が流れていて山があって谷が農地でその下に集落がある場所は全国にたくさんあると思うので、そういう土地利用のパターンが他の地域にも波及していけると思っています。

一級河川で流域治水を進めていこうとすると多くの合意形成が必要だったり時間がかかったりするものですが、田結川は非常に小さな流域で集落も小さいので、合意をとりながら進めていけるのではないかと思いました。研究結果を出したときにそれを地域住民の

方と共有して、対策して実施して結果を見てというやりとりをしながら行っていくことができるのではないか。今後、いろいろな地域でそういうことをしていかないといけない気がします。

少子化や過疎化で税収も少なくなって、流域の河川整備であったり、浸水対策でも道路整備でも、そういうことをやる予算がどんどん少なくなってくると思います。日本はそのような地方の数も多いので、大きい流域での治水を進めていくことももちろん大事ですが、小さい流域で地域住民の方と協力

田結川下流域の概要しながらできる方法を模索していくということが重要になってくると感じて

います。それがこの地域で研究に取り組んだ理由です。

また、耕作放棄地があって、そこが環境活動に使われているという例もあり、環境活動と治水の両立という観点からもいい例を示すことができればと思いました。先ほどの、耕作放棄地にたまった水が道路に行かないようにするということですが、やっていることは耕作放棄地の水の流れをコントロールすることなのですが、そのことによって耕作放棄地が水生動物の生息場になっていて、取り組みが治水と環境保全の両立のいい例となっています。活動自体がまだお試し的に進んでいる状態なので、必ずしもすべてを地域住民と団体等との連携でやっているわけではありませんが、今回の研究成果を使って「こうしてみたらどうか」ということを協議していけたらいいなと思います。コロナ禍でいろいろできなかった部分もあるので今年度からやっていこうと思っているのですが、地域の皆さんもいろいろな意見や思いを持たれて

いますので、私としては極端にこうした方がいいとかいう提案をするというよりは、地域の方が困ったときに根拠を何か示せるといいなという、今はそれくらいの立ち位置でやっています。

 

出水シミュレーショ

止水板を入れるのか畦をつくる方がいいか

氾濫解析で、遊水地の洪水緩和機能の効果を解析しましたが、中山間地域を対象としていているのと、現地も小さい流域ということもあり、流量調査とか水位調査、雨量観測といった統計的なデータがなかなか取られていない場所だったので、そのやりくりには苦労しましたが、流域全体での解析とポ

テンシャルのある場所の解析のスケール感を変えることで対応しました。

今回の研究では耕作放棄水田に、ホームセンター等で購入できるような、プ

ラスチック製で波板状の「あぜ板」を止水板として入れて、水のコントロールを検証しました。これは、コウノトリの飛来を機に、放棄地内を湿潤状態に保つため、地元で止水版を設置しており、その洪水緩和機能に着目しようと考えたからです。設置する止水版の空間分布を変え、5つのシナリオについて

河道の水深を比較検討した結果、5センチメートルほどの差が生じる結果を得ることができました。止水板を設置するということは簡便な手法ではありますが、耕作放棄水田の洪水緩和機能を向上させる可能性が示唆されました。

耕作放棄水田と耕作が放棄されていない通常の水田とでは洪水緩和機能の

面で違いがあるのかは難しいところです。水田の方がよりきちっとかたちをつくって、畦がしっかりつくられているので水がたまる場所も明確で治水能力が高いと言える部分があります。水田の畦自体がもともと止水板のような効果を持っていると考えられます。理想は水田だと思いますが、水田にしてお

くことは労力上、コスト上、非常に困難です。今回の場合は耕作放棄地の状態でいかに水をためていくかというのが重要だと思いました。極端な話、止水板が、畦をつくっているのと同様の意味を持ち得ます。畦のかたちで残しておくよりも、水田が放棄されても止水板などで洪水調節機能を維持して

いく方が、長い目でみるとやりやすいとも言えます。止水板の方は比較的安価で設置が簡単です。ただ強度面で言うと、やはり板ですので弱いところもあり、反対に田んぼの畦は固めていたり、しっかり押さえつけていたりするので水圧に対しては耐性がある。ただし、畦は作るのが大変というところも

ある。止水板を入れるのか、畦を土で固めてつくる方がいいのかというところですが、止水板の形状をどうした方がいいかとか、たくさん入れた方がいいということなどはある程度結果とし

てわかってきています。ただ、実際にそれを長期的に維持していくという観点からすると、まだちょっと検討が足りていないかなというところです。それが今後の課題だと思っています。

プロフィール

神戸市立工業高等専門学校
都市工学科 講師
今井洋太さん

2021 年 徳島大学大学院先端技術科学教育部博士後期課程 修了
2021 年 神戸市立工業高等専門学校 助教
2022 年 神戸市立工業高等専門学校 講師
兵庫県出身。専門は水田や耕作放棄地が有する洪
水緩和機能の評価や管理方法に関する研究。その
他、流域の構造や土地利用に関する空間解析を行っ
ている。兵庫県内でGIS ソフトの講習も行っている。


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